生と死の狭間に
私の中に、言い様もない疑問が湧いてくる。
この少年は、なぜ『少女』の格好をしていたのだろうか。
と、急に、私の心の奥底から、奇妙な感覚が湧き上がってくるのを感じた。それが何なのかが、分からない。
私はしばらくその少年を眺めた。少年の死因以上に、解き明かさなければならない謎がそこにあるように思われる。
そこで、ずれたドレスを、一旦少年の上半身に着させ直し、その後ドレスのスカート部分をまくり上げると、下半身に着ていた下着をゆっくり下へとずらした。
と、強烈な衝動が私を襲う。これは……
青少年の時期も、成人してからも、女性はおろか人間に興味を持つことなく過ごしてきた。そんな私が、目の前にいる『少女の格好をした少年』を見て、強烈な
そしてそれが、はっきりとした言葉となって表れた。
この子と、繋がりたい。
しかし、どれほどその身体に欲情したとしても、死体を犯す趣味など持ち合わせてはいない。
掻き毟るような喉の渇き……欲しいものが目の前にあるのに、それを手に入れることができない。そんな、渇きだった。
目に見えなければ、存在を知らなければ、およそ感じることの無かった渇望だろう。しかし、もう私の中に芽生えた渇望は、二度と消せないように思われた。
取り敢えず死因を確かめるために、この子の着ているものを全て脱がせる。顔と同様、陶器のように真っ白で、傷一つない体が私の目の前に現れた。
首元に触れ、確かめる。例えばヴァンパイアに血を吸われたような跡のような小さな傷も、見当たらない。
胸を見る。ピンク色の小さなニプルが、妙に艶めかしく感じた。手のひらに伝わる感触は、やや硬くひんやりとしている。そこに、生気の類は一切感じられない。
調べる箇所を、徐々に下へと移していく。
うっすらと毛が生え始めた下腹部を目にしたところで、また心がざわついた。
そこで私は気が付いたのだ。私の魂を揺さぶるものの正体に。
私は急いで、もう一度黒いドレスをその子の上に重ねる。すると私の思いは、確信へと変わった。
この子は、境界にいる存在なのだ。
子供と大人、そして、少年と少女の境界。境界線上にいる存在を前にして、私の魂が震えているのだ。
私が
すると突然、この子を生と死の境界に連れていきたいという抑えがたい衝動が、私を襲う。
しかし、それと同時に、ある人の言葉が思い出された。
――人間に対して使ってはいけない。
――なぜですか、お師匠様。それが邪悪な行為だからですか?
――そうだ。もう、人間社会には戻れなくなる。
私に
しかし……その言いつけを守っていても、結局人間社会からはじき出されてしまった。今更、人間社会に戻れなくなったところで、誰が困るというのだろう。
木漏れ日の中、卑猥な格好で座る『少女』が目の前にいる。
この『少女』ならば、同じく境界にいる私を受け入れてくれるだろうか。
お師匠様以外の人間と交わりを持つことのなかった、いや、交わりを持つことを許されなかった私を、この子は受け入れてくれるのだろうか。
この子をこのまま放置していても、いずれその体は腐り、この森に棲む動物のえさとなり、そして朽ち果てていくだろう。ならば、この子を……
抑えようのない衝動は、もう止めることができなかった。
私は、目の前の『少女』に向けて両手を広げ、静かに呪文を唱え始めた。
『死せる者に、偽りの魂を』
黒い影が『少女』を覆い、それが、銀色のまつ毛が閉じた目の隙間、ツンと立った小さな鼻、可愛らしい耳、陶器の様な白い肌、そこかしこから、体の中へと入り込んでいく。
それらがすべて消えた時、肩まである銀髪が揺れ、薄紫の唇が微かに動いた。そしてゆっくりと、
私はその様子を、息をのんで見守った。
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