第1話 歪んだ過去

 ──翌日。

 学校が終わると同時に逢坂さんに傘を返しに行く。学校が始まってからは同級生の目が怖く、返しに行くことが出来なかった。だからこのタイミングだ。


「逢坂さん、昨日は傘ありがとう」


 僕から話しかけたことにびっくりしていたのか、逢坂さんは目を丸くしていた。それから急いで笑顔を作り、僕から傘を受け取る。


「あの後、雨濡れなかった?結構傘小さかったから…」


「大丈夫だったよ、見ての通りコンパクトだから」


 普段体を動かさない僕はごぼうのような体をしている。体育の時間は影で、あいつ折れそう、などと言われている。だからといって学校生活に支障はないため別に気にしていない。そのおかげもあって傘に入ると濡れないのだ。


「そう…良かった」


 彼女は消え入りそうな声でそう呟いた。恐る恐る顔を見てみると、彼女は恐怖と安堵あんどの入り交じった表情を浮かべていた。この表情、その裏に隠された想い。僕は理解することが出来なかった。

 哀れみの笑顔。慰めの笑顔。それらとは違う真逆の表情。僕の嫌いなものとは程遠い、消えてしまいそうなその表情に、僕は酷くつらくなった。

 笑顔を見た時のつらさとは違う。この表情を見たくない、というものでは無い。この表情をさせたくないんだ─。


 気がつくと僕は逢坂さんの手を握っていた。


「「…っ!?」」


 僕も彼女も驚く。傘を貸しただけのクラスメートにいきなり手を握られたのだ。そりゃ驚くだろう。ただ、僕もその行動に驚いていた。そして僕の口から思いがけない言葉が飛び出した。


「逢坂さん…一人で抱え込まないで」





 今まで一人で抱え込んできたのはどこのどいつだ。思い出す度に吐き気が込み上げる。自分のこと一つもできないのに、他人にそんなことを言うなんて…。


 僕と逢坂さん、二人きりになったこの教室には静寂が訪れていた。第三者視点で見たらそりゃ酷いものだろう。隣の席で無言。まさに地獄絵図。

 僕があの言葉をかけてから彼女は顔をうずめたまま起きてこない。僕も僕で呼吸が落ち着かない。そうか、僕は墓穴を掘ったのか。僕の過去を掘り起こされるような感覚、それを彼女に味わせてしまった。

 僕が謝ろうと席を立ち頭を下げた時、彼女が顔を埋めたまま話を始めた。



 * * *



 私が小学生の時の話だ。当時の私は明るく元気で誰とでも気軽に接することが出来る、そんな子供だった気がする。

 当時の私はピアノや習字など様々な習い事をしていた。そのせいもあって友達との遊びの約束は断るとこが多かった。

 高学年になり、転校生がやってきた。その子は私と同じく誰とでも仲良くできる女の子だった。習い事はしておらず、頭もさほど良いとは言えなかった。そんな子の存在が私の生活を塗り替えてしまった。

 その子を遊びに誘うと確実に遊びにきてくれる。それがみんなの認識を、私はだというものへと変えていった。

 徐々に友達から疎遠そえんにされ、中学に上がる頃になるといじめが始まった。教科書や文房具を隠され、見つけた時には落書きや切り跡でボロボロ。靴や上履きは汚され、体育の合間に着替えを隠される。

 何か良いことをしようとするが、それも彼女らの機嫌を損ねてしまう。

 毎日がつらかった。ただ、習い事をしていただけなのに。私も遊びに行きたかったのに。何も悪いことなんてしていないなのに。


 中学一年生の三学期、私はとうとう学校へ足が向かなくなった。大人に助けも求めた。しかし、彼らは自分を第一に考えそれを公にしようとはしない。大人のみにくさ、社会の不条理ふじょうりを痛感した。



 私は親に頼んで引越しをし、知り合いが誰もいない学校へ転校した。

 そこでは仲のいい友達もできた。習い事はキッパリとやめ、友達の遊びの誘いも断ることなく楽しむことができていた。

 しかし、私は友達を失う感覚を、その原因が何になるかわからないことを既に知ってしまっていた─。


 気がつけば私は友達に意見を合わせるだけの生き人形となってしまっていた。

 友達とのコミュニケーションの場、家での家族との会話、知らない店員との短いやり取り。そこに私の意思はない。

 相手の機嫌を損ねないように上手くやり過ごす。

 そんな薄っぺらい世界に私は生きていたのだ──。



 中学卒業後、さほど遠くない高校に入学。

 そこで見つけたのは異端な存在だった。

 一之瀬新、同じクラスにいたその男子は他人を寄せつけず、自らの世界を作っている。そう感じるほどに他人との関係を拒絶していた。

 最初の席替えで私は彼の隣になる。


「えと、一之瀬君だっけ?逢坂です。よろしく」


「…よろしく」


 その一言には鋭いとげがあるようにも思えて、私はどうすればいいのかわからなくなった。関係を崩したくない私と、関係を作りたくない彼。やり方は極端だが、自分の世界を守り続ける彼を気がつけば目で追っていた。

 そして、大雨の日。そう、私が傘を貸したあの日。バス停で他愛も無い話をした。その時の私は…優しい子を演じていた。いつもの癖だ。思い出したくないあの忌々しい出来事が脳裏に張り付いて離れない。

 正直傘を貸すのも躊躇ためらった。いつも外を見て周りとの関わりをシャットダウンしている人だ。何がきっかけで嫌われるかわかったもんじゃない。しかし、


 バス停で雨がやむのを待つ彼の姿はまるで、いつも一人だった私のように見えて。


 気がついたら足が動いていた。口が、手が動いていた。

 私は彼と話がしたかった。彼の機嫌を損ねないように笑顔で喋りかける。しかし、私は大きな違和感に襲われる。私が笑顔を見せる度に、彼の口元は震えていた。

 多くの人の機嫌を見てきた私でもわからない。笑顔が苦手な人は初めてだった。迎えが来るまでどう接すればいいかわからなかった。

 優しい子を演じても墓穴を掘るだけ。そう感じた私は彼と共に、雨の向こう側、ぼやけた街の風景をしばらく眺めていた。



* * *



 ─あとがき─


 どうもたぴおかぴです。

 プロローグに続き、第1話をお読み下さりありがとうございます。

 過去に歪みを持った少年少女(設定は筆者の2歳下)の人生をければと思い描き始めた次第です。

 どうでもいいですけど「書く」と「描く」の違いってなんだと思います?

 私は「文字を紙に起こす」と「どうにかして表現する」の違いだと思うんですよ。

 主人公たちの人生は「書く」ものじゃなくて「描く」ものでありたいです。そんな感覚を持って今後も描き進めたいですね。(良い事言った)

 では3話目でお会いしましょう。


 ※沢山のレビュー待ってます!指摘や納得が行かない点なども受け付けております。是非感想などを書いていただけると嬉しいです!


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