第12話

ラフィリアは表向きには『普通の』人間で通っている。


実は強大な魔力をもった人間であると公の場で知られてしまえば微量な魔力すら

持たない人がほとんどのこの世界で、自分の存在はクロバー夫妻に迷惑をかける

どころか、危険視されてしまうかもしれない。


目の前のケインは依然として柔らかい表情のまま。



「ケイン様は…私のことを、どこまでご存知なのですか…?」



微かに震えた声で問う。


まるで自分の弱みを握られているような心地がした。



「ラフィリア様。私が知っているのは貴女が迎えられた時期と理由だけです。それも

書類上での。貴女は他の令嬢方と異なる髪色をしているとも聞いていましたから、

すぐにわかりましたよ」



目を細めて笑うケインの言うことは本当なのかもしれない。


けれどラフィリアは素直に『そうですか』と信じられなかった。


彼女が少し俯いて隠せなくなってきた不安を態度にして表すと、ケインは慌てた

様子で言葉を続けた。



「あ…申し訳ありません。初めてお逢いしたのに貴女のことを調べたなどと言えば

私を疑っても当然です…。興味を引いたことがあるとすぐに動いてしまうのは私の

悪い癖なんです。本当に、知りたいだけで…他意はないんです」



ラフィリアがどう反応を返すべきかと迷っていると、そのうちケインが頭まで

下げてきそうになったものだから焦って制止する。


この人はもっと周りの目を気にするべきではないかとラフィリアはまた違う意味で

不安になった。



「ケイン様。貴方は公爵なんですから、簡単に頭を下げるようなことはしないで

ください。その方が…困ってしまいます」


「しかし…私がラフィリア様に失礼を働いたのは事実です」



どうあっても形にして謝罪したいと主張するケインにラフィリアはしばらく頭を

悩ませ、いいことを思いつく。



「それでしたら。一曲、お付き合いしていただけませんか。私、ダンスをするのが

好きなんです」



まさか自分からダンスを誰かに誘うとは思わなかったけれどこれで解決できるなら

変に波風立てずに治められる。


ケインもラフィリア自身が提案したことなら納得というふうに先ほどの慌てぶり

から一転、公爵貴族としてふさわしい流れるような仕草で手を差し出しラフィリアを

バルコニーから会場の中へエスコートする。


より多くの人たちの目に触れる彼は二人で話していた時とは全くの別人を思わせ

女性たちがうっとりするのもわかる気がした。


ラフィリアの腰に手が回されより近くなった距離に、普通なら緊張とは別の意味で

胸を高鳴らせるのだろうけど彼女には不思議と感じなかった。


踊っている間も周りの令嬢たちの痛いくらいの羨望の眼差しを受けながら軽やかな

舞うようなステップは決して鈍らせない。


足を踏み外したりリズムを崩してしまえばケインにも恥をかかせてしまうかも

しれないからだ。


長いようで短い一曲を終えて、ケインは他の年長貴族に呼ばれてラフィリアと

別れの挨拶を交わしてから離れた。


そして丁度リリーナを探しに行こうかと周囲を見回したタイミングで夜会に参加

していた他の令嬢がラフィリアに笑顔で近寄って声をかける。



「ラフィリア様。リリーナ様から伝言を預かっていますの。今夜は星が綺麗ですから

屋敷の庭園で会いましょうって」


「リリーナが…?」



伝言するなんて、なんでも積極的で自分で行動するのが好きな彼女らしくないと

思いながらそれでも本当だったら待たせても悪いのでラフィリアは半信半疑に庭園へ

足を運ぶ。


庭園は夜でもそこかしこに明かりが灯っていて移動には困らなかった。


会場よりも人が少ないせいか、仲睦まじいカップルの姿もあってラフィリアは邪魔

しないようにこっそりと通り抜ける。


しばらく歩いて何人かの令嬢がこちらにただならぬ視線を飛ばしていることに

気づいてふと視線を合わせると…そのうちの一人が形の綺麗な唇を開いた。



「あなた。確かこの夜会が社交界デビューなんでしたのよね?折角ですから、優しい

わたくしたちが特別に渡り方を教えてさしあげますわ」


「え…あの…お気遣いありがとうございます。でも、大丈夫ですので」



ラフィリアは出来るだけ丁寧に断ってその場を早く離れたかった。


直感が彼女たちは何か良くないことを考えて実行しようとしている気がして、退路が

あるうちに進行方向を変えてリリーナを探しに行こうとする。


しかし既にすぐ背後には他の令嬢が陣を取っていて見事な連携に内心驚く。


今しがた口を開いた令嬢とは別の令嬢たちがこそこそと小さな声で『アンビ様の

教えをお断りするなんて』と囁く。



「まあ。そんなに緊張なさらないで。何も知らないのだから、他の方々の気分を

害してしまっても仕方がないもの」


「私はどなたかに悪いことをした覚えがありません。親友と一緒にこちらへ来て

ダンスをしていただけです」



何か誤解があってはいけないのでラフィリアは事実だけを述べた。


目の前の彼女たちはきっと、他の人間と見間違えているのだ。


でなければ初めて対面して会話する相手にこうして笑顔なまま敵意に似たものを

向けられる理由がわからない。



「無自覚って本当に罪だわ…。それなら教えてさしあげる。あなた、バレット公爵

に謝らせるだけでなくダンスを強要なさったのでしょう。まだあの方はどなたの手も

取っていなかったのに」



それを聞いてラフィリアの中ですぐに納得した。


彼女たちは自分よりも先にケインと踊ったことに嫉妬してラフィリアに警告しよう

というのだ。

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