第11話


ラフィリアは考えれば考えるほどもやもやとした気持ちが胸中に膨れ上がるのに

違和感を感じた。


自分が『そうである』と無理矢理に納得しようとしている気がして。


今も夜会を楽しみにテンションが上がっている親友を再び他所に、ラフィリアは

この気持ちのやり処を探した。


もうしばらくして馬車は夜会の会場に辿り着く。


降りて一歩踏み込めば、目前に広がる華やかで荘厳な景色。


子供の頃に参加した身内限定のものとは明らかにレベルが違う大人の世界に足が

震えそうになりながらもリリーナに急かされて中へ進む。


会場の中央では優雅なダンスを楽しむ男女、脇には美味しそうな料理が振る舞われ

楽士団が次々に曲を奏でていく。


何もかもが初めてなラフィリアは置いてけぼりな思考のままリリーナに紹介された

男性貴族と幾つか会話をして不安を必死に隠しながらダンスもする。


ダンスは教養で覚えてから、自分の周りの風を纏って舞う感覚が大好きになって

やたらと踊っていたから自信がある。


そのせいもあってラフィリアに目を付けていた他の男性からも声をかけられ気づけば

三曲連続で通していた。


さすがに少し休憩しようと壁際に一人移動して飲み物を口にする。


後からリリーナも合流して一緒にバルコニーへ出て夜風に当たった。



「どう?初めての夜会は」



満面の笑みで聞いてきたリリーナにラフィリアは苦笑する。



「想像以上に凄くて…圧倒されてばっかり。みんな、とても積極的だし…」


「そりゃあね。特にラフィは有力なクロバー侯爵家の娘なんですもん。如何にして

お近づきになるかって獣の目が痛いったら」



くすくすと笑いながら言うリリーナは既にこういったことに慣れているのか、遠くで

こちらに今も視線を飛ばす存在を全く気にしていない。


ラフィリアはそれが心強いのだけれど男性を『獣』扱いするのはどうなのかと内心

ひやひやしていた。



「あら。だって本当のことよ。私も何度か部屋に連れ込まれそうになったけど、

父様直伝の防衛術で逃げているもの。ラフィは……自慢の騎士様、やっぱり連れて

くればよかったのに」


「じ、自慢って…っ…リリーナ。本当に、バロンとは何もないの」



動揺するラフィリアを楽しそうに見ながらリリーナは『またまた』と知ってる風に

呟く。



「何も無くて彼はラフィの為に騎士になったのかしら?だって、騎士隊にいながら

個人の専属護衛なんて聞いたことないけど?」


「う…わ、私はちゃんと隊のお仕事に行くように言ったの。でもグランツ兄様が

許可したからって…」


「あのチキン公認とは…。まあ、見る目だけは認めるわ」



それで、とバロンとのことで会話が続きそうになってラフィリアが無意識に身構えた

頃合いに背後から優しく聞こえの良い声が降ってきた。



「こんばんは。失礼ですが、もしや貴女はクロバー侯爵家のご息女ラフィリア様では

ありませんか?」


「はい…そうです。えっと…」



ラフィリアは振り返って声の主を見た。


一際綺麗な金の髪に端正な顔立ちに合った藍色の瞳をもった男性。


優しく笑む姿はきっとどんな女性の心も釘づけにするんだろうな、と素直に思った。



「お初お目にかかります。私はバレット公爵家当主、ケイン・バレットと申します。

ラフィリア様のことはお話だけで伺っておりまして。この夜会に出られることを

聞きつけて是非お逢いできたらと」



まるで自分に会う為に夜会に参加したとでも言うように丁寧に挨拶してきたケインに

ラフィリアは戸惑いながら挨拶を返す。


すぐ隣にいたはずのリリーナはいつの間にか他の男性貴族に捕まっていたので

心強い助けが期待できない。


自分と同等くらいの相手ならさして緊張はしないものの、目の前の人物は明らかに

ラフィリアよりも上に位置する存在。


どくどくと緊張で嫌なくらい音を立てる胸の鼓動を気にしながら表面では笑顔を

作ってなんとか平静を装う。



「私こそ、バレット公爵閣下にお会いできて光栄です。えっと…お噂で聞いたの

ですが王国で希少な魔力持ち、なんですよね」


「ケインと気軽に呼んでくださって構いません。確かに私は魔力を持っては生まれ

ましたが、扱えるのは簡単なものだけですよ。火を起こしたり物を動かすといった

程度の」



なんでもないといった様子で笑うケインにラフィリアはふるふると首を横に振る。



「いいえ。ケイン様。通常なら魔術書を用いなければ出来ないことが貴方には

できるんです。言葉にしてしまうと小さなことですが、それはとても凄くて誇れる

ことなんですよ」


「…驚いた。さすがクロバー侯爵家のご息女、といったところでしょうか。いや…

『ラフィリア様』だからでしょうか」



クロバー侯爵家が王国の魔術書を管理していることはどの貴族も知っている。


しかしケインは『侯爵家の令嬢』ではなく『ラフィリア』とわざわざ言い直した。


それに小さな疑問を抱いてラフィリアが少し首を傾げると、そのことを察したように

彼は言葉を紡ぐ。



「すみません。貴女のことを少し調べまして。クロバー侯爵家ご夫妻に子供が

できないことは多くの方が存じていたので、ラフィリア様がどのようにして迎え

られたのか気になったのです」


「私は……私は、確かに父様と母様の子ではありません。路頭に迷っていたところを

助けていただいて、養子にと迎えてくださったのです」



ラフィリアはケインがどこまで自分のことを調べたのか急に不安になって密かに

ドレスを握る手に力を込める。


精神がとても不安定になると内に溢れる魔力が弾けてしまいそうで怖い。


それでも律しなければならない。

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