調査編

第9話


二人の関係は変わらないまま幾年かが過ぎ、ラフィリアが16歳を迎えた年。


大人の仲間入りを祝ってクロバー侯爵家ではささやかなパーティーが開かれた。


そしてその翌日以降から大人になった彼女を待っていたかのように縁談の話やら

夜会への誘いの手紙やらが届くようになった。


初めての社交界デビューは親友と一緒にと決めていたラフィリアは胸の高鳴りと

緊張を抑えながら今までよりも素敵なドレスを身に纏い、迎えの馬車の中では

ずっと屋敷に置いてきたバロンの心配をしていた。


今まで本当に一度も離れなかったから不安で仕方ない。


彼ももう小さな子供ではないし立派に教養だって身につけたから世話になっている

クロバー侯爵家の名に傷をつけるようなことは絶対にしないと信じてもいる。


それなのに気にかかってしまうのはどうしてなのだろうか。


うーん、と割と真剣に悩んでいるラフィリアを他所に向かい側に座っていた親友は

瞳を輝かせてひたすら何かを語っていた。



「…でね!でね!今日の夜会はあの麗しの若き公爵様がいらっしゃるんですって!

貴族令嬢方の憧れの!」


「えっと、確かバレット公爵閣下…だったっけ」


「そうそう!どんな貴族を相手にしても常に友好的で優雅に振る舞うお姿なんて

まさに紳士って感じらしいのよね」



男性貴族の話になると情報が早い親友――リリーナとは衝撃的な出会いをしたこと

から始まり、誤解を経て今の仲まで至る。


ラフィリアが12歳になって数か月が経った頃、クロバー夫妻が家同士で懇意にして

いたアナトリア伯爵家にバロンを連れて行ったらどうかという話が上がった。


ここ最近になってバロンがラフィリアの護衛役という不動ポジションに興味を持ち

始めてこっそりと努力をしているらしいのだ。


そこで護衛といえばアナトリア伯爵家の兄弟に稽古をつけてもらうのがいいのでは

ないかと話が進み、しばらくの間だけお邪魔することに。


例の兄弟は二人ともルーアシア王国の近衛騎士隊に所属している所謂エリートの

部類に入っていて、アナトリア伯爵家は代々騎士家系でもある。


兄のグランツは隊長を任せられるほど腕が立ち、弟のレイスは穏やかで心優しく

情熱的に突っ走る兄のブレーキ役。


バランスの取れている二人になら素人のバロンを任せても大丈夫という両親の推しで

伯爵家の有する鍛練場にラフィリアたちが向かうと、既に何かをぶつけ合うような

激しい音が聞こえてきてこっそり覗くと信じられない光景が広がっていた。


鍛練場には他からも鍛えに来ていたであろう騎士見習いたちの倒れた姿とその中央で

今も木刀を手に対峙する二人の人間。


一人はラフィリアも知っている兄グランツの姿。


もう一人は見かけたことの無い、自分と同い年くらいの――少女だった。



「…いい加減!私にやられなさいよ!」



少女は自分よりも一回りも二回りも大きなグランツを相手に強気でかかっていた。


グランツの方は向けられる激しい闘気に肩を竦めて困っている様子。


本来は鍛練に水を差すのはタブーなのだがラフィリアは困り果てている彼を助ける

つもりで声をかけることにした。



「グランツ兄様!お久しぶりです!」


「おー!いいところに来た!助けてくれ、ラフィ」



ラフィリアたちに気づいたグランツは先程とうってかわって表情を明るくして

振り向いた。


もちろん、それが気に食わなかった少女は声を荒げて今にも噛みつこうといった

雰囲気を醸し出す。



「ちょっと!決闘の最中に他のレディに振り向くなんて失礼よ!」


「……おおっと。危ない」



背後から素早く振り上げられた木刀の一撃をグランツは視界に入れずに避ける。


間髪入れずに次の攻撃が繰り出されることも予想されていたのか、彼は続いても

ひらりと簡単によけてラフィリアを盾にするように彼女の背後に回った。

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