第7話


それからラフィリアは両親に改めてバロンのことを全部とはいかないけれど

問題にならなさそうな部分だけ説明して、どうにか彼を家で保護できないだろうかと

必死に願い出る。


両親もそんな一生懸命な娘の珍しい姿に応えるように首を縦に振った。


湯浴みと着替えを済ませたバロンは見違えるように麗しく、部屋に戻ってきた

ラフィリアは何度も目をぱちくりさせた。


漆黒の髪はみずみずしさを取り戻して柔らかく流れ、土埃でくすんでいた肌は

白く血色が良くなり、よく見えるようになった顔は子供でありながらも形良く

整っていた。


大人になったらきっと沢山の女の人が放っておかないくらい素敵な男の人に

なるんだろうな…。とラフィリアは素直に思って見惚れる。



「……あ。えっと、そういえばバロンの部屋をメルルが用意しておいてくれたの。

こっちよ」



ラフィリアはバロンの手を引いて別の部屋へと連れて行く。


自分の女の子らしい部屋とは違ってすっきりとしたシンプルなデザインの色調に

整った部屋で、男の子だからという意識なのか所々にブルー系の家具や装飾品が

置かれていた。


彼をベッドの方まで案内してからラフィリアは繋いでいた手を離す。



「今日はもう疲れたでしょう?だから、おやすみなさい。明日になったらまた色々

教えてあげるからね」



ふわりと柔らかく笑って告げ、ラフィリアが部屋を出ようと振り返る間際。


ぎゅうっと強く手を掴まれる感覚にどうしたのかと動きを止めてもう一度彼の方へ

視線を向けると、今まで無表情を崩さなかったバロンがとても不安そうな顔をして

ラフィリアを見つめていた。



「―――……っ」



必死に何かを訴えようとしているけれどぱくぱくと動く口から言葉は出ない。


そこでラフィリアは不思議に思って頭の中で人間の彼に出会ってからの今までを

振り返った。


バロンは一度も喋っていない。


訝しがるメルルを威嚇して唸ってはいたがそこまでで、そもそもまともに声を

聞いた例がなかった。



「バロン。あなた…もしかして喋れないの…?あ。でも、元々は狼だったから

人間の言葉を話せないのは普通…よね」



狼が初めから人の言葉を理解して自由にお喋りできていたらそちらの方が驚くべき

ことだろうと今更になって気づいて内心で苦笑する。


話せない以上、彼の訴える気持ちをどうにか汲み取って受け答えするしかない。


ラフィリアは自分を必死に引き留めようとするバロンの行動と不安な様子から

恐らく一人になりたくないのでは。と推測する。


彼女自身も何年か前は夜に一人で眠るのが怖くてよく両親のベッドに一緒になって

潜り込んでいた記憶がある。


きっとそれに近いものだろうと解釈して一人でに頷く。



「そうだよね。バロンはお泊りするの初めてだし、知ってる人も私しかいなくて

不安だもんね。うん…一緒に寝よっか」



ラフィリアは再びバロンの手を優しく握ってベッドの上まで誘導する。


彼がふかふかのベッドに苦戦しながらようやく落ち着ける場所を見つけて寝転がる

まで見守り、自分もそのすぐ隣に横になった。


掛け布団をしっかりとかけてバロンが安心して眠れるように、その漆黒の柔らかい

髪を梳くように撫でやる。


このやり方はラフィリアも眠れない時によく母親からしてもらって心地よかった

覚えがあったため不安がる彼にも効果があるのではないかと思った。


そしてどうやら効果は絶大なようでバロンはあっという間に気持ち良さそうな、

うっとりとした顔つきになり…そのうちすやすやと寝息を立てる。


もうしばらくは撫でる手を止めずに様子を見て、もう大丈夫と感じたところで

眠る彼の手を優しく握ってやる。



「おやすみなさい…バロン」



小さくそう呟いて、ラフィリアもゆっくりと眠りについた。


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