第6話
『黒くて大きな、恐ろしい狼がやっと狩られたらしい』
『本当ですの?良かったわ…。これで安心して外出できますわ』
『なんでもあの狼がリーダーで他の狼を引き連れたらしいな』
口々に語られる真実と嘘にラフィリアは何度も耳を塞ぎたくなった。
両親に付き添って出たお茶会では例の狼の話で持ち切りで、気分が悪くなった
ラフィリアは人の波を避けて庭園を抜け出す。
クロバー侯爵家の領地内で催される定期的なものなので必ず出席しなくてはならない
わけでは無かったが、やはりバロンのことが気になった。
子供が大人に向かって直接聞いたところで『怖がってしまうから』と曖昧に流されて
正確に知ることができないのは確認済み。
なれば貴族の交流の場を利用して直接聞かずとも噂に頼ろうとして…微かな希望が
潰えたところだった。
ラフィリアは暗い面持ちのまま無意識に森のあの場所へと足を運ぶ。
狼がいなくなった今、脅威となるものは何も無い。
従ってラフィリアは特別止められることもなく森に入れる。
思い出となってしまった場所はそのままの景色で残っていた。
誰の手も触れず、他の動物に住処にされることもなく。
変わってしまったのはぽっかりと心に大きな穴が空いてしまった自分と、もう二度と
戻ってくることのないバロンの面影だろうか。
ラフィリアはその場にしゃがみ込んで自然と溢れてくる涙を我慢することもせずに
ぽろぽろと流した。
「……ばろん…」
涙声でポツリと呟いて、ふとすぐ目の前に誰かの気配を感じる。
ゆっくり顔を上げて何者かと確認すれば自分よりも少しだけ背の高い同い年くらいの
少年が立っていた。
ちょうどバロンと同じ漆黒の髪に金の瞳を持った―――
そこまで思考がいってラフィリアは勢いよく立ち上がった。
少年の顔をまじまじと見つめて目を瞬いた。
「バロン……なの…?」
とても信じられなかったけれど、少年は特に何を言うでもなく自身の首に下がった
ペンダントを懸命に外してラフィリアに差し出した。
「……ん」
受け取ったペンダントは間違いなく、ラフィリアが最後にバロンに再会を約束して
渡したものだった。
じっと見つめてくる彼をラフィリアは何とも言えない気持ちで抱きしめた。
バロンが生きていたことがまず嬉しくて、彼が自分との約束をちゃんと理解して
いてくれたことも嬉しくて、だけどどうして人間の姿なのかわからなくてラフィリア
の頭の中はぐちゃぐちゃだった。
再会の喜びに浸っているとバロンが小さくくしゃみをしたので現実に意識が戻って
改めて彼の格好を確認する。
見るからにボロボロの薄い布きれのような服しか着ておらず、このままでは風邪を
ひいてしまってもおかしくない。
ラフィリアはバロンの手を引いて少し早足に屋敷へと戻って人目につかないように
こっそりと自室へ向かった。
しかし向かう途中で運悪くメルルに見つかってしまう。
「ラフィ様。えっと……その子はどうしたんですか…?」
「あ…あのね、メルル…彼は怪しい子供じゃないのよ。私の友達なの」
ラフィリアは何と説明しようか考えながらバロンを必死に背中で庇う。
訝しげに見つめてくるメルルにバロンは狼らしく唸り声を上げている。
「いつどこで知り合ったご友人なんですか?」
「えっと……その…」
「あらあら。ラフィリア。それにメルルもどうしたの」
説明に詰まっていたところへお茶会が終わったらしい母が戻ってきて変わらない
優しい笑みを浮かべていた。
「奥方様。ラフィ様がご友人をお連れしたと言うのですが…私にはどうも…」
「まあ…ラフィリアにお友達が。それはいいことじゃないの。お名前を聞いても
よろしいかしら」
母はバロンを見ても特に差別するわけでもなく本当に心から喜んでいるようで、
懐の深さに改めてラフィリアは感謝した。
「あのね、彼はバロンっていうの。お家の人にとっても酷い扱いをされてて…
私見ていられなくて…」
「そう…。それならしばらくここに居るといいんじゃないかしら。まずは体を綺麗に
してお洋服を整えてあげないといけないわね」
「母様…!バロン、家にいてもいいの…っ?」
母はゆったりとした動作で頷いて、あまり納得しきれていないメルルへ用意を
するように指示を出した。
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