第4話
「お腹、空いてるの?」
問われて狼は少しだけびくっと体を震わせたがすぐに平静を装ってラフィリアに
視線を合わせてきた。
ラフィリアもそれを肯定として受け止めてバスケットからサンドイッチを取り出して
昨日と同じようにナプキンを敷いた上にいくつか乗せる。
緊張させないように自分もひとつサンドイッチを持って美味しそうに頬張った。
「ん。やっぱりメルルのサンドイッチ、美味しい」
にこにこと笑って嬉しそうに食べているとそれにつられて狼もこちらを観察するのを
止めてサンドイッチをもそもそと食べ始めた。
その姿を眺めながらバスケットのサンドイッチを一人と一匹で全て平らげ、満腹に
なったお腹を軽くさすりながらふぅと息を吐く。
狼もすっかり落ち着いた様子で昨日とはうってかわってラフィリアの近くで丸く
なっていた。
「あなたって不思議ね。私の言葉がわかるみたい。えっと…名前、はあるのかな」
ラフィリアは狼と視線を合わせるように地面に寝転んだ。
穏やかな風が森を吹き抜けラフィリアの透き通るようなアイスブルーの髪をふわりと
空へ攫う。
狼は心地よさそうに目を細めてラフィリアをただ見つめ返していた。
彼女はしばらくうーんと考えて、『決めた!』と瞳を輝かせる。
「あなたの名前は…バロンにしようっ。私の大好きな物語の中に出てくる王子様の
名前なの。あなたと同じ、漆黒の髪をもっていてとても勇敢で格好いい人なの。」
ラフィリアは楽しそうに続けて物語の内容を狼――バロンに語った。
――――――――――――――――
とある国のとても人気者の王子様はある時に旅先で事故に遭い怪我をしてしまう。
仲間ともはぐれて危険に陥っていたときに恐ろしい魔獣と出会ってしまってこれまで
かと諦めかけたとき、その魔獣は王子を襲うどころか助けたのでした。
献身的な魔獣によって王子はみるみる元気になり元の国へ帰ることができたけれど
彼は自分を助けてくれた魔獣のことが気になって仕方がなく、理由をつけては魔獣を
探しに行きました。
再び出会えた時、今度は魔獣が兵士たちに命を狙われて危険な状態でした。
ぎりぎりのところで王子が助けに入ったけれど魔獣は既に瀕死の重傷を負っていて
助かるかどうかもわからない。
それでも王子はどうにかして魔獣を助けたいと頑張りましたが、国の人たちは魔獣が
助かりたいがために王子をたぶらかしていると反対しました。
王子自身もどうして魔獣に入れ込んでしまうのかわからないまま、けれども何か
手放してはいけない気がして魔獣を助けるためにたくさん調べました。
そして見つけたどんな怪我や病、呪術の類までも治してしまう『奇跡の朝露』。
数百年に一度しか手に入れられないと云われる伝説の薬で、王子は偶然にも懇意に
していた魔術師から国宝として譲り受けていたのでした。
魔獣に急いで薬を使うとたちまち光輝き―――なんと、魔獣はとても美しい女性に
姿を変えたのでした。
女性の正体は遥か昔に栄えていた国の王女様。
古の悪い呪術師に呪いをかけられ長い間苦しめられていたそうなのです。
こうして自分の命を救ってくれた魔獣を諦めなかった王子は王女と結ばれて幸せな
暮らしを守っていきました。
――――――――――――――――
「相手がどんな姿をしていても、王子様が救ってくれた恩義を忘れないで諦めないで
いてくれたから王女様は救われて。王女様も王子様に最初は恐れられても助けたい
って気持ちがあったから頑張れて。二人の強い心がとても素敵なの。」
ほうっと夢見心地にラフィリアは語ると、いつの間にかすぐ隣でバロンがくっついて
いた。
顔を伏せていたから視線は合わなかったけれど少しは気を許してくれたのかもと
嬉しくなって笑顔が溢れる。
そうしてしばらくゆったりとした時間を過ごしてメルルが探しに来る前に屋敷へ
戻る準備をする。
「バロン。また明日ね。」
小さく手を振ってラフィリアはとても幸せな気分で森を抜け、平原を駆けた。
明日はもっと仲良くなれるだろうか。
どんなことを話そうか。
そんなことばかり考えていた。
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