第37話 それぞれの場所
「どーしても残るのか?」ベイクはラペの大門の前で、ヘカーテに訊いた。
「はい。宝石商は辞めます。柄に合わないって思ってたんですよねえ」
「ヘカーテがいてくれれば助かるよ。これからこの地域も発展していくだろうしな」横からカーが言う。すでに酔っているらしい。
「なあに。船ででも、時空の歪みででもすぐに帰られますからねえ」ヘカーテはあっけらかんと笑っている。
「まあな。でも俺はあちらに帰るぞ。そう再々は会えんからな」
「元々自分が失踪したくせに」
「うるさい」ベイクはヘカーテがラペに残ると聞いて少し寂しい気持ちだった。彼が残るからか、自分が残りたいからかは分からない。
ハザンとルーザは2人で妖精の谷に住む事をベイク達に告げたばかりだった。今のところは歪みで、ラペと谷は簡単に行き来が出来る。しかし、空間の歪みも不安定なもので、いつなくなるかは分からない。もう発生させる事は出来ないのだ。
ハザンと寄り添うルーザは本当に幸せそうだった。
2人はベイクとは別れとは考えていなかった。彼らは寿命が長い。恐らくベイクよりも長く生きるだろう。また会いたい、いつでも立ち寄ってくれとベイクに頭を下げた。
みんな別れだとは思っていないから、涙など一つも流さない。みんなからしたら別々だった世界が1つになって、世界が逆に狭くなった気持ちなのだ。いつでも会える。涙を堪えているのはベイクの方だけかもしれなかった。
ラペのみんなの見送りを後に、ベイクは狐達を引き連れて馬を走らせた。
来た時とは打って変わり、日差しが照り返す。まるで人々の心にかかった雲が晴れたように。
「ご苦労だったな」狐の親分は自分の椅子から降りて、ベイクの向かいに座っていた。
「おやっさんも、船ありがとな」
「なあに。あんな物なら簡単に作れる」
「これからどうする?」
「変わらんさ。高い対価であいつらに木や鉄をくれてやる。死ぬまでな」
親分とベイクは笑った。
「長生きしろよ」
「あ、ああ待て。カー達には相談したんだが、聞いただろうか。あのな、暇ならちょっと頼まれてくれんか」
「は?」
「ここに狐共もずっとおっても仕方ないだろう。勉強させんとな。手始めに一緒にあの島。あれ無人島なんだろ?あそこで試しに何匹か生活させてみようと思うんだ。最初手助けしてくれんか。する事がないなら」
「あんた、それ事業化するつもりだろ」
「ん、うんまあな。鉄や木も無限じゃないからな。あんたに調達して欲しい物があるんだ。通貨の見本と本格的な造船の設計図、あと漁業のやり方」
こいつは只者ではない、とベイクは思った。
狐達の作った丸太船に揺られて岸を見ると、まだ小さく狐達がこちらに手を振っていた。ベイクは20匹の狐達と、ギルガン島に向けて出発した。
夜更、狐達は船内で寝ていたが、ベイクは外で夜風に当たってうとうとしていた。
その時目が覚めたのか、それが夢なのかは分からなかったが、夜の真っ暗な海の上を白く輝く何かが、ゆっくりと歩いてきて、船の側を横切っていく。
白馬に甲冑を着た若いギルガンが乗っていて、後ろにはあどけない男の子、その後ろを神経質そうな男児、最後に小さな女の子。4人は詰めて馬に乗っていた。最後に座る女の子の膝の上には小さな黒い猫のような動物が、足を投げ出して、すやすや寝ていた。
ギルガンはこちらを見ていたが、その表情は、決して彼らが安息の地へ向かうのではないということを語っていた。彼は父親の責任として、共に行くべき場所へ向かっているのだ、そう思った。
白銀の騎士と漆黒の太后 〜ギュスタヴ・サーガ〜 山野陽平 @youhei5962
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