第34話 傀儡記号

 「あれは何かしら」


ベイク達を探して宮殿の方へ向かう途中、ハザン、ヘカーテはルーザの言葉に立ち止まった。


 中心街の建物が途切れ始め、宮殿を囲む森に差し掛かろうという時、開けた低地が左側に広がっているのが見えた。暗くてよく見えないが、辺りはまばらに灌木があり、なだらかな下り坂になっていた。


 その先は海で、間際に何やら等間隔で立ち並ぶ四角くて背の低い影が、月明かりに照らされていた。


 「あれは墓地だな。あまり今は近寄りたくない」ハザンが言った。


 「本当だ。墓地の真ん中に何かあるよ」ヘカーテが目を凝らす。


 「なんかね、光ってない?」ルーザはヘカーテに訊いた。


 「うん。光ってる。墓地の真ん中に何かあるよ」


「私が見てくるわ」


 「待て。俺が見てくる。2人はここにいろ」ハザンがルーザを静止すると、ハザンは駆け足で、傾斜した原っぱを駆けて行った。


 ハザンは墓地に着いた。骸骨の件もあり、今墓地を1人で歩くのはかなり気が引けた。中に入ってみると思ったよりも多くの墓石が立ち並んでいたが、ほとんどの墓石が潮風にさらされて欠けていたり、削れていたりした。長らく訪れる者もいないのであろうか。


 ハザンは遠くから見えた光を見つけた。しかし、もっと近づいてみないと何なのか分からない。墓石の合間を、そっとぬいながら光に近づく。


 突然、墓石の石が砕けて音を立てた。ハザンは体に電気が走り立ち止まる。しばらくその場にいたが何も起こらなかった。


 ハザンはまた光に近づいて行くが、まだよく見えない。及び腰で目と鼻の先まで顔を近づけて覗き込んだ。


 どうやら地面から光を発していたのだが、物が発しているのではなく、地面に書かれた文字が発光しているみたいだった。つまりは土が光っていた。


 手のひらほどの大きさで書かれた記号。それは複雑でいてシンプルな、なぜか見る者を不快にさせるような記号だった。


 それを見た途端、ハザンは地面が揺れるのを感じた。彼は本能的に、ここにいてはいけないと感じ始め、急いで踵を返した。


 背後から地鳴りがした。途中墓石につまづいて転けたが、すぐに起き上がる。背後から髪の毛に土がかかった。しかし、何が起きているか確認もせずに、振り向かずに走った。そうした方がいいと思った。


 「ハザン」遠くでルーザが呼ぶが、彼は来た道を戻るように、森林から街にかけての草原を走った。


 地鳴りが少しだけ止んだ時に後ろを振り向く。


 すると次々にめくり上がる土が追いかけて来ていた。土には黄色く月みたいに光る目があり、額にあの光る記号。それが顔で首がなく、子供が泥で造るような人形の巨大なものが、辺り一面に土を撒き散らしながら、地上へと身体を引っ張り出しながら迫って来る。


 とにかくたくさんの土を撒き散らしながらハザンを追いかけて来た。ついには足を地面から引っ張り出し、地響きを立てながら小走りで追ってくる。身体が全て出てくると、背の高さが2階の建物ほどもあり、黄色い目は人の頭くらいだった。


 2人は遠目に、その巨大な土が地上に出てくるのを見ていた。その前をハザンは走って草原を横切り、元来た道に回り込んで、街の方へ走って行く。土の巨体はそれを追っているらしい。


 「あれはなんだ」ヘカーテが言った。2人はとりあえずその跡を追う。しかし、かなりのスピードで、ハザンの足でなかったら追いつかれてしまうようなスピードだった。


 「あれは土人形よ」ルーザが言った。


 「それは分かるけれども、どんな化け物なんだよ」ヘカーテは徐々に離されていく。


 「いえ、土人形は錬金術で生み出されたものなの。生命ないものを操る錬金術よ。さっきの骸骨もこれだったんだわ」


「あいつらは太后が操っているの?」


「呪いの記号を描いたのは太后だけど、今は違うわ。あいつらは自動で動いている。土人形はあの光る記号を守っているの。そしてやつもその記号の力で動いている」


「骸骨達もあの記号で動いているの?」


「そうよ。島や記号に近づく者を排除する呪いなの」


「どうする」


 「時間とタイミングが欲しい。あの術なら解術できるわ」ルーザが言った。


 「どれくらい必要なの?」


「一瞬よ。でも記号に触らないといけない」


「触る...」


 「簡単よ。手で記号を消せばいいの。回り道をしてハザンに声をかけるから。あなた、骸骨達に見つからないように着いて来てね」


「え。行くのか」ヘカーテがそう言うが早いか、ルーザは街に入る事なく、道を逸れて藪に入って行ってしまった。


 

 前を走るハザンはまだ体力に余裕があったのだが、この化け物の1歩が彼の10歩分くらいであり、逃げるにはかなり骨が折れた。


 ハザンは街に入り、中央の通りを真っ直ぐ突っ切った。そこが舗装されていて走りやすかったからだ。


 背後の地響きが近づいたり遠退いたりする。建物の石壁が砕けたり、木が砕ける音が後ろから聞こえ、木片が舞った。それがこちらにまで飛んできて、危うくハザンに当たりそうになる。


 ハザンはあの旅籠を通り越し、一直線に昼間来た道を走った。


 ここで彼は森林に入ってしまおうかと考えた。立ち並ぶ木々が邪魔をして、後ろの土の化け物は手こずるんじゃないかと思い始めた。しかし、あれほど街の建物をなぎ倒しているくらいだから、体の強度は土程度ではないはず。


 そうこう考えていると、いきなり右側から大声がした。


 「海へ...」


 確かにルーザの声だったのだが、姿が見えなかった。あの急な坂が始まりそうな所の藪の中から聞こえたような気がした。


 ハザンは必死で坂を駆け上がった。さすがに汗が吹き出る。顔の火傷に汗がしみて痛い。化け物も坂で少しはペースが落ちていたが、それでもハザンほどではなかった。


 ハザンは背中に強い衝撃を受けた。化け物が土塗れの手を伸ばして、ハザンを停止させようとしていた。当たったのは指先だった。


 もう少し。


 ハザンは港町を突っ切り、波止場まで帰ってきた。そして一直線に橋桁を走って海に飛び込んだ。


 その時、土人形は急ブレーキをかけて足を踏ん張り、バランスを崩して横に倒れ、足から海に滑り込む。


 足が膝まで海に入る。水を汲んで土の足は溶け出し、膝から下が海の中になくなってしまった。


 しかし、土人形は手で地面にしがみつき、そこで何とか静止した。



 それを見計らい、藪から出てきたルーザは、走り寄って倒れた土人形の額を優しく撫でた。


 光る記号が消え、土人形はただの土塊に帰った。それは一瞬で形を崩し、波止場に音を立てて土が散らばった。


 後ろからヘカーテが追いつくと、ルーザは海でもがくハザンを助けようて、上着を脱いで、海に飛び込もうとしていた。


 ヘカーテはそれを止めはしなかったが、恐らく海で泳いだ事のない2人ともを助けなければならなくなるなと、予感した。











 

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