第28話 長男テス
尖塔を登り切るとそこはかなりの高さがあり、空気が薄いのではないかと思わせた。まるで雲に届きそうな景色だ。
天空にいるようで違う世界に来たみたいな、そんな気持ちになった。
最上階には玉座とも言うべき立派な椅子があり、赤い絨毯が敷き詰められ、机の花瓶には花が生けられている。血の様に真っ赤な花だが名前は分からない。
ベイクが見ると、そこにはひどく痩せこけた、やはり人に似た者が座っている。肌は痩けて、黄色い色をしているのだが、妙に目力があり、彼も執事同様に不健康に血走っていた。立派なブルーのローブを纏っているが、地肌に着ているのか、骨張った肩の形を浮き彫りにしておりさまになっていない。肩ほどもある長い髪は髪飾りで束ねられており、やはりそのデザインも一昔前の物で、下品にも彩り豊かな宝石をあしらっていた。
「ようこそ」男は言った。
役目を終えた執事は手を前で組んで戸口に立っていた。
「貴様がテスか」ベイクが言った。
「いかにも。私がテス。モラレバとギラトの件は失礼した。何せあいつらは考え方が野蛮で思慮に欠けるものでな。私が後でキツく言い聞かせておくよ」
「あの世でか?」ベイクは刀剣に手を当てがった。
「この世でだよ」
「そうか」
「貴殿、なかなか面白い剣を持っているね」
「ああ。借り物だ」
「誰に借りた?モラレバか?ギラトの研究所にでも落ちていたか?」
「お父上だ」
「ん」テスは身を震わせて笑い出した。「面白い事をおっしゃるんだな。そんなはずはない。今、父上は母上と共にいらっしゃるはずだ」
「いらっしゃらないな。お前らに会うのが嫌だからその辺を散歩してるんじゃないのか」
「黙れ、下郎」テスはローブを脱ぎ去り、ベイクに飛びかかる。
それほど速くない、とベイクは思った。
ベイクは刀剣を抜き、テスの頭をこめかみから真一文字に切断した。
テスの体は勢いよく飛んで来たが、ベイクはそれを横に避けた。頭が半分飛んだテスが執事の足元に転がった。それでも執事は微動だにしなかった。頭は壁に当たり、鈍い音を立てて床に落ちた。
目から上の頭部も、下の胴体も出血しなかった。
すかさずベイクはテスの頭部を蹴飛ばして目をこちらに向けた。やはり。目はベイクを見上げている。
後ろから猛烈に強い力でなぎ倒される。後ろから胴体を抱えられ、一緒に床に転がり込んだ。執事ではなく、半分頭のないテスの体が動いてベイクの上にまたがり、殴りかかってきた。
スピードはなかったが凄い力だった。ベイクは打撃を受け止めるため、剣を手放した。両手でガードするが一撃一撃が異常に重い。
テスの腕は、まるで拳が壊れても良いかのような殴り方で迫り、ベイクの反撃に対する恐怖がなかった。
ベイクはタイミングを見計らって、膝で背中を蹴り上げる。鈍い、背骨が折れる音がした。と思ったが、テスの体はそれでも殴りつける事を止めない。
ベイクは渾身の力で上半身を起き上がらせて、テスを後ろ向きに押し倒した。
床で手をバタつかせながら、テスは何かを探していた。左手が切れた頭部に触れると、それを掴んで頭に引き寄せ、元通りにくっ付けた。しばらくすると、傷口は残ったままなのに、目をきょろきょろさせ始め、ニタリと笑った。
ベイクは腕が痣だらけになり、顔にも食らっていた。
「もはや自分で自分を実験に使っていたか」ベイクが言った。
「実験とは失礼な言い方だな。知性や記憶を保ったまま、不老不死の体になれたのだ。これが最終形だ。成功だよ」
「お前、執事でも試したのか?」
「あいつは失敗さ。腐っているだろう。ゾンビだよ」
執事は下を向いて何も言わない。
「不老不死か。あながち嘘でもなさそうだ」
「嘘なもんか。私はついに死なない体を手に入れたのだ。感謝しているよ。何100年の研究の結果だからね」
「それで父上を蘇らせるのか?」
「そうさ。これでついに家族みんなで暮らせるのさ」
「しかし、父上の魂は別の所にある。成功してもそれは父上ではなく、ただの傀儡かもな」
「うるさい」テスは叫んで走り寄って来て、ベイクの首を絞めて、また床に押し倒してきた。
「よくも弟と妹をやってくれたな。死ぬのでは済まされん。お前も蘇らせて、永遠に生かして痛めつけてやる。家族みんなで、もう殺して欲しいと何度も何度も思わせてやる」
ベイクはテスの首を掴んで、上半身の力だけで起き上がった。そして膝を立て、力一杯テスを突き飛ばす。テスは椅子に激突し、そのまま倒れ込んだ。
ベイクの首にはくっきりと紫の手の跡がついていた。喉が切れたか微かに痛い。
「遺体がなくても蘇らせられるのか?ギラトとモラレバを」ベイクは声があまり出なかった。
「けけ」テスはわざとらしい下品な笑い声を上げた。そして倒れ込んだまま喋りだす。「ギラトもモラレバも、細胞サンプルは取ってある。抜かりないさ。それさえあればいくらでも再生できる」
「仲間が研究所は1つ残らず木っ端微塵にするぞ」
「大丈夫さ。母上と共にある。父上もな」
「全て俺が叩き潰す。お前がしている事は悪い事だ」
「無理だな。どうやって見つけるんだ?あんなに広い海原を。ギラトをやったのが間違いだったな」
「テス様」執事が言った。
一瞬3人ともが口をつぐんだ。
「関係あるか」テスが叫んだ。「こいつは死ぬんだ。母上の島がどこにあろうが見つける事も出来ん」
「島だな」そう言うと、ベイクは身体から白い光を発し始めた。それは段々大きくなり始め、熱を帯び出した。それは裁きを受けるべき者にだけ感じられる温度であり、既に死すべき不死の者だけを蒸発させる沸点。
「それが聞きたかった」ベイクは言った。
テスは目を剥いた。彼はその光を知っていた。それは神聖術。彼が最も恐れ、避けるべき天の裁き。
執事は下を向いていた。床を見ていたのではない。静かに目を瞑っていた。これから永遠に、安息を得られる。終わった事にほっとした。やっと目を閉じていられる。
「ああああ」テスは消え去る恐怖と共に、今までの何100年の苦労が泡となって消え去る事が、恐ろしく悔いていた。あれほどに執着した、生命を操作する膨大な知識が、研究結果が一瞬でなくなる。
もはや父上のためか何のためか分からなくなっていた。なせ、自分が不老不死の体になってしまったのか。自分の体で実験するなど、気が狂っているとしか思えない。
尖塔の窓から閃光が空に伸び、消えた。
淡々と狐達は、合流した各都市の戦士達による連合軍と研究所を爆破していった。研究員や捕まる者達を全て救い出した。
最後の研究所が爆破されるが早いか、助け出された者達を運ぶ馬車の1台目が到着した。
狐達は相談して、親方に報告に帰る者を決めた。あとは手伝うために残った。
カー団長はブイネと、地図を見ながら残る研究所をどう回るかを相談した。全ての者を救い出す為に。
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