第29話 ギラトの家

 ベイクとカー、それにルーザは馬を急がせていた。ハザンの火傷治療がひと段落したルーザは、彼らに同行する事を強く希望した。


 それは、自分に出来る事をやりたいという願望と、しっかりと結末を見届けたいという気持ちがあった。

 

 彼らはたくさんの研究員や、無理矢理捕まっていた者達に話を聞いた結果、次男ギラトのアジトを突き止めていた。恐らくそこには次元を歪ませる装置や、それにまつわる資料があり、その中に太后の所にたどり着く手掛かりがあると思われた。


 テスは母の島と言った。彼らが母親の所に会いに行くのなら、次元移動という手段をとると断定したのだ。


 助け出した者への聞き込みで得た座標をもとに荒野を走ると、その通り木造の三角屋根の建物が見えてきた。


 近づくと古びてはいるが、頑丈そうで、しっかりと丸太を組んで作られている。テスの研究所とは違い、屋根には風見鶏があったり、表には植木鉢が置かれていたりと、生活感が見え、人間性を感じさせる。


 3人は馬を軒に繋ぎ、中へ入って行った。


 中はひんやりとしていて、すぐに機械とオイルの臭いが感じられた。ルーザが心配したような何かの腐敗臭は感じられなかった。


 カーが一直線に木の床を歩いて行き、閉じたカーテンを開け放つと、本棚、簡単なベッド、最低限の炊事場があり、そこには食物を入れるための籠もある。しかしそこには何も入っていなかった。家の中は整然と整理されていて、ギラトは住居空間と分けていたのか、そこには仕事に関する物は一切ない。


 部屋には扉があった。ベイクはそちらに歩いて行き、ドアを開けた。


 中は床も壁も、木のそれではなく、鉄だった。全ての面に板金を打ち付けており、作業場を鉄で覆われた部屋に改造していた。


 入って右手の金属製のテーブルには、きちんと束ねられて並べられた紙の束、その側には綺麗に整理されたペンやインク、穴開けやそれを通す紐などの筆記用具が置かれている。


 左手の壁にはフックが打ち付けられており、謎の金属部品がやはり何らかのギラトの法則をもって掛けて並べられている。


 3人はその風変わりな部屋を見渡しながら、鉄の床をブーツで鳴らして見回った。まるで見たこともないような風景で、歩いた事のない足の感触だった。


 正面には、人が入れそうなほどの大きさの半楕円球のアーチがあり、その床には丸いステージのような物がある。アーチの内部からは、中へ向かって迫り出すように無数の鉄の刺が飛び出ており、昔の拷問器具を連想させた。その隣には台があり、いくつかの目盛りが書かれたレバーが付いていて、段階をつけて傾けられる仕組みだった。


 「これが、次元の歪みを発生させる装置なのだろうか」カーが言った。


 「多分そうだ。こういうカラクリを、何度かは見たことがある」ベイクが言った。


 「これを作動させて、太后の所へは行けないのかしら」ルーザはレバーに近づいて言った。


「どういう仕組みで動くのか分からないし、リスクが高すぎる。身の安全性が心配だ」ベイクが言う。


 「なら、ここへは何をしに来たの?」ルーザが訊いた。


 「太后の島の手掛かりがあるはずだ。それを探す」ベイクは整理整頓された紙の束に近づいて言った。


 3人は手分けして、ギラトが残した記述を読んだ。しかし、この世界の文字はカーしか分からない。ほとんどを彼が読まねばならず、ベイクは自分でもわかる研究に関する図面や、地図でも残ってないかと探す。


 「このカラクリで、島に行っていたとしたら、その場所に関する情報が残っていてもおかしくないわよね」


 「処分していなければな。妹の報復に出る前に片付けたようにも見える」カーが言う。


「次元の歪みからの行き先は指定できるはずなんだ。ギラトは次元を歪ませてラペにやって来たんだから」


 ルーザはそれを聞いて、ドアの向こうから迫りくる炎の波の、光を思い出していた。目が眩むような眩しい熱が迫りくる光景が、何よりも恐怖で心に焼き付いていた。

 


 「駄目だな。研究に関するちんぷんかんぷんな用語しか出てこない。地名だとかは書かれてないな」カーは早くも紙の束を投げ出してしまった。


 「ベイク、何を読んでいるの?」ルーザはベイクが隣の部屋の本棚の前で、古びたを読んでいるのに気付いた。


 「これは、俺達の文字で書かれた本だ」


「え?」ルーザが近寄る。


 「年代記のようだ。どこから手に入れたのか。かなり古い。古語だから所々分からんが」ベイクはそう言うと、あるページで止まり、しばらく喋らなくなった。


 「どうしたの?」



「分かった」


「え?」


「島が分かった」


 「本当に?」


「ああ。太后は帰ったんだ」

 


 

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