第27話 先代

 ベイクは向こうの研究所が爆発したのを見には行かなかった。気にはなったが、もはや振り返っても仕方がない。


 自分はこの塔を駆け上がり、何があるか見てこなければならない。狐達はそのために来たのだ。そう言い聞かせて、朽ち果てた扉を開けた。


 城の中は正に旧時代の造りで、昔の貴族がかつて金に物を言わせてこしらえさせたような調度品が並ぶ。鮮やかな緑の壁に金の窓枠、そこに垂れ下がる真紅の巨大なカーテン。入ってすぐの、広間とも廊下とも分からない空間の天井には、等間隔で豪華絢爛なシャンデリアが並び、床には分厚そうな絨毯が敷かれている。


 そこらに赤い貼り布の椅子が配置され、その前に小さなテーブル。側には燭台が置かれるが、その全てが金でできており、またほとんど例外なく錆び付いている。手入れはされていないようだ。


 ベイクは歩いて見回った。どこもかしこもかなり古びているが、どうやらここは研究所として使われているのではないらしい。


 ベイクは少し驚いた。すでにブーツを脱ぎ捨てて、持てる五感を集中しているにもかかわらず、目の前にいる老人に気付かなかったのだ。


 小さな老人は階段の前で、ランタンを持ってこちらを見据えていた。まるで待ち構えていたかのように意外性のない確信に満ちた目。はげ上がった頭の周りの髪は伸びているが後ろに撫で付けており、嫌味なほどに鷲鼻をこちらに突き出している。顔は皺だらけで目の下にはクマがあるが、そのくせ妙に眼力があり、生命力と自信に満ち溢れている。その子綺麗なシャツとズボンの出で立ちからして、ここの執事であるらしかった。


 「ようこそ、おいで下さいました」執事はそう言った。


 「出迎え付きか。かかって来い」ベイクは腰の刀剣に手を当てがった。


 「お待ち下さい。違いますよ」ここで執事は笑う。「若旦那が貴方様をお待ちで御座いますので、私がお迎えに上がりました。この屋敷のご案内などをするようにと仰せ遣っております」


「貴様らの悪趣味な館など見たくもない。テスにここまで降りてくるように言え」


「まあまあ。そう仰らずに。参りましょう」


その執事はまるで幽霊のようにするりと踵を返すと、階段に向かって歩き出した。


 「さあ。参りましょう」老人はもう一度振り向いて言った。


 ベイクは無言で後を追う。



 ベイクが2階への階段の踊り場に来た時に、2度目の爆発音が轟く。この城も揺れ、窓ガラスが甲高い音を立てて振動した。


 「お盛んなお仲間で御座いますな」執事はにこにこしながら言った。


 「お前らは自爆が趣味なのか?」ベイクは探りを入れた。


 「いえ。我らが主はああいう野蛮な事は好みませぬ」


ベイクはそれを聞いて内心ほっとした。爆発させているのは狐達か。


 幅広の階段を上がりきると2階は礼拝堂になっていた。高くて丸い天井には壁画が描かれていて、そこからいく筋も柱が下に伸びている。


 広い礼拝堂にはいくつかの椅子が置かれ、その前には祭壇がある。その上の磨かれた鉄器には水がたたえられ、5つ又の燭台にはきちんと火が灯されている。両脇には花が生けられていたが、どう見ても今朝摘まれたと思われる水々しさがあった。


 「ここは」執事が話出す。「先代が信心深いお人であったためにご遺志で建立された礼拝堂で御座います。先代はこの館の完成を待たずして亡くなりました。館は引き連れた家臣達で完成させたのです。私は孤児で先代に拾われて育ちましたから、亡き今もこうして毎朝花を生け、火を灯すので御座います。それが今私の1番の幸せで御座います」

 

 「先代はいつ死んだ?」ベイクは初めて聞く話に耳を傾けた。


「数100年前でございましょうか。海の向こうから来て、この館を建設している最中に亡くなりまして、御家族と家臣とここを残されました。かつては元々身分ある貴族でございましたが、統治する領民の裏切りに合い...と、喋りすぎました」


 「先代が死んでから家族が狂い出したのか」


「狂うてはございませぬ。失われたものを再生しておる最中で御座いまする。この館もかつての館に見まごうくらいでして」


「この館も無理矢理人に強いて、人から強奪した物を使って作ったんじゃないのか」ベイクは息巻いた。


 老人は何も言わなかった。


 「参りましょう」執事はベイクの側を通り、3階へと向かった。その時、ベイクは匂いを嗅いだ。執事の匂い。それは衣服に隠されてはいるが、確かに物が腐敗したような不快な匂いだった。


 「3階は住居となっております。こちらには何も見るべき物はないでしょう」


ベイクは執事を無視して3階を進んで行った。幅が広い廊下にいくつかの扉。真っ直ぐ歩いて行くと、立派な棚があるのだが、不自然な金具が置かれている。


 「そちらには甲冑が飾られていました。しかしなくなってしまったのです。泥棒が入るわけでもなく、恐らくギラト様かモラレバ様が勝手に持ち出したものと、テス様はおっしゃられてはおりますが」


「甲冑。誰の甲冑だ?」


「先代の甲冑で御座います。それはそれは立派な白銀の甲冑で御座います」


ベイクの体を電気が走り抜ける。


 「そうか」ベイクは振り向くと、あっさりと階段に向かった。


 3階からは尖塔となっていて、螺旋状の階段をひたすら登らなければならなかった。


 中腹ほどの所にたどり着くと、3回目の爆発音がした。尖塔のむき出しの窓を覗き込むと、爆裂した建物の周りに狐達らしい影が見えた。そのやや後方に助け出された研究員らしき影。


 どうやら順調のようだ、とベイクが思った。


 「あら」執事も窓を覗き込んで言う。


 ベイクがずれた執事のその視線を追うと、遙か向こうの地平線に砂煙が巻き起こっているのに気付いた。


 「貴方は」執事が言う。「人望のある方なのですね」


「お前らの援軍じゃないのか」ベイクが訊いた。


 「もはやここには援軍は参りません」執事はそう言うと、さっさと上を目指して歩き出した。

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