第26話 狐の仕事ぶり
ベイクが馬を走らせていると、こちらに何かが走ってくる。その小さな集団は20匹ほどの狐達で、弧を描くようにベイク達の背後に付いた。
夜になってベイクが地面に寝そべると、それを取り囲む様に渦巻き状になって狐達は寝た。
次の日にはまた20匹が走って加勢に入り、ベイクの背後には実に50匹の狐が追従した。
ブイネが指し示した研究所群の場所はラペから2日半の場所にあり、今までに行った事がない方角だった。
果たして、道はあっているだろうかと少し不安だった。そこに何があるだろうか。
2回夜を明かし、しっかり睡眠をとり、昼頃まで走ると、遠くに影が見え始めた。それは段々大きくなっていき、さらには巨大と呼べるほどの建物の集まりになっていった。
そしてその奥には、尖塔がそびえ立つ、地方領主の城ほどもある建築物が見えた。石造りでひどく古風な、恐らく何100年も前に建てられたと思しきかった。今の城は見た目の美しさよりも、もっと有事の機能性を重視した建築方法で建てられるが、それはまさに過去の遺物だった。
赤い屋根に白壁、装飾を施した窓が立ち並ぶそれは、何か美しいアンティークを見ているようだ。
「ベイク様。このまま、あの母屋まで走り抜けて頂きたい」後ろの狐が言った。
「君らが周りの研究所や獣を引き受けると言うのか?」ベイクは後ろを向く。
すると、いつの間にか狐達が倍の数に増えていた。
「幻影で御座います」
「君らは術の使い手か」
「他にも使える術は御座います。さあ、母屋に」
「頼んだ」
「御意」
残り500メートルほどになると、走りながら狐達は陣を解き始め、幾つかのグループになった。一糸乱れぬ動きだった。
建物と建物の合間を、ベイクは走り抜けていった。敷地内は閑散としていて、建物の縁に朽ち果てた木箱や布切れの様な塵が散乱している。
四角い研究所は石造りだが、石が剥げていたり、白塗りが剥がれていて不格好で、まるで手入れされていない。どれも異常に窓が少なく、あっても外から木を打ち付けていてまるで監獄のようだった。
母屋の前まで来た。見上げるとやはり不気味だった。こんな荒野に突如として現れた小さな城は、その経年で劣化した風態だけで見る者を不気味な気持ちにさせた。ぼろぼろに朽ちた玄関は蝶番が取れかけていた。
狐は音もなく建物に忍び寄り、1匹がドアの前に四つ足で立ち、その上にもう1匹、そこに1匹よじ登って戸口を開けた。
狐の今回の作戦チームは10匹。それが敵の前では20匹に分身して撹乱させる。
廊下には誰もおらず、入り口すぐの最初の戸の向こうに見張りが1人。すぐに2匹の狐が曲がり込んで中に駆けて行き、見張りが振り向いた狐とは逆の狐が飛びついて爪で切り裂き、腕に噛み付いた。
山で生まれた狐は生まれた時から、微量の毒を飲み、歳を追うごとに増やしていく。山で採れた毒花由来の神経毒で、それを年追うごとに徐々に増やしていき、大人の狐となる頃には身体に抗体ができる。
戦闘時にはその植物を毛の中に隠し持ち、噛んで歯に塗ったり、爪に仕込みながら行動する。
1度その毒を受ければ神経経路が麻痺して立てなくなる。万が一そいつが立ち上がり、もう1度向かって来れば、2度目を受けて死ぬ。
2つ目のドアを開けた。次は見張りが2人と研究員が3人。見張りは蛇の顔をした人型の、やはり武装した奴ら。研究員はボロ布を着せられた人に似た者達だった。
見張りは狐を見ると驚いた後激昂し、何かを罵りながら、ドアから入った狐を蹴り飛ばした。宙に浮いた狐はドアの横の壁に叩き付けられ、そして消えた。
高度な幻影術を仕込まれる狐の分身は実際に触る事ができる。幻覚だけの残像に止まらないのだ。攻撃した相手は手応えさえ感じてしまうが、それでさえも幻なのだ。
8匹の狐が見張りに飛び付く。倒れると次へ。狐の半分は偽物だ。残った者は部屋の外で前後の見張りをしていた。
あまりに突然の事で研究員達は立ち尽くして、盛んに動く狐達をただ見ていた。
「出入り口近くの部屋で待機して下さい。こちらの指示があるまでそこにいるように。我々はあなた方の味方です。助けるために参ったのです」狐が研究員に告げた。
狐達が次の部屋に行くと、そこには地下への階段があった。その時、さすがに訓練された兵士達でも、下りる事に躊躇してしまった。奥からは鼻が曲がるような異臭がしていたのだ。
10匹は辺りを窺いながら階段を降りて行く。階段には苔が生えていてカビ臭かったが、その臭いなどとるに足らない。下りると長い廊下の左右に鉄格子があった。
歩いて行くと、1つ目は向かいとも空だったか、次の部屋の左右には、狭い部屋に詰め込まれた、ほぼ半裸状態の者達が閉じ込められていた。8人くらいずついるだろうか。髪が生え放題で顔は垢だらけ。男は髭が伸びており、胸の辺りまで達していた。女は痩せ細り、何人かいる子供はろくに食事をしていないためにお腹にガスが溜まり膨れていた。
皆、濁った虚な目でこちらを見ているが、焦点が合っているのかどうか分からない。どれほどそこに閉じ込められているのか分からないが、足元には無残な小動物の骨が散乱していた。
狐は鉄格子の鍵を開けて、声をかけて誘導しようとするが、皆ろくに立てず、階上まで歩けそうになかった。そこで狐はチームを2つに分け、片方が食料か水を確保しに戻った。
彼らは研究員の家族か。それとも恐ろしい実験にでも利用される予定だったのか。
残った狐達は、地下の突き当たりの部屋に向かった。こちらはどちらかと言うと物置に見える。しかし、地下から立ち込める酷い臭いはそこからだと確信していた。
木の戸を開けると、狐達は鼻を覆った。
壁に取り付けられて段々になった棚に、3方に4体、12体の布に巻かれた何らかの身体。なぜ体と言うかというと、それらが明らかに何かの身体であったためだ。巻かれた白い布にはうっすらと体液や血液が滲み、明らかに中身が腐敗しているようだった。
狐達には腐敗臭を出すそれらを、なぜ保存しているのか理解出来なかった。
狐達はそれを閉めて、地下に1匹を残して地上に戻った。
戻った1階には見張りが3人いたが仕留め、狐達が用心深く2階に登ろうとした、その時。
爆発音が轟き、地面を震わせた後、追うように建物を小刻みに振動させ、周囲の扉や棚をしばらく揺らした。
「...。随分早いな」狐の1匹が呟いた。
「無人だったのでしょうかね」と、違う狐。
「我々もさっさと終わらせよう」
「はい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます