第25話 道連れ
急遽、ラペの戦士の詰所に特設された会議室には、長いテーブルと立派な椅子が置かれ、1席ずつに水と果実酒が置かれた。上座にはラペのカー団長の席が配置され、下座にはベイクの席、その他は各都市の首脳の席だ。
次々と馬車が、警備がずらりと並ぶラペの大門前に到着すると、中から代表が降りて来た。その後を馬に乗った取り巻き達が追って到着し、それを街の入り口でカーが迎える。皆久しぶりの再会を喜び合った。彼らは使いをよこしはするが、滅多に合わなかった。
中でもカーの隣には1番古い仲である戦士長ブイネが座った。眉毛が目まで垂れ下がる角刈りの初老の男だが、未だに眼光は鋭く、ベイクに挨拶に来る事はなかった。
カーは皆にベイクを紹介し、ベイクにもそれぞれの街の代表を紹介した。
「では」と、カーが進行し始めた。「まず、整理しておきたいのは、今重要な事は、相手の戦力が半分、もしくはそれ以下に落ち込んでいると思われるという事です」
ベイクは黙って聞いていた。
「我々が」カーが続ける。「必要としているのはこれ以上無駄な犠牲を払わずにどうやって太后を追い詰めて行くかという事だと、私は考えるのです」
皆頷いていたが、ブイネが特に深く頷いた。
「研究所について皆さんに訊きたい」ベイクが口を出した。場が一瞬止まったが、誰かが話し出した。
「我がテサールの近くに研究所が1つあります。最近はあまり稼働していないのか、周囲に獣は出没しません。しても少数で何の目的もなくうろついているだけで、脅威ではないですな」
「我がマランの近辺にもあります」また誰かが喋り出す。
「今一度、位置関係を書き出して確認してみよう」カーが地図とペンを取り出し始めた。
その最中にブイネが話をしだした。「私が聞いた所によるとですな、研究所らしき建物が何棟も固まって建っている場所を見たらしいのです」
「いくつも集中して?」
「左様。遙か昔に聞いて、聞き流しておりましたが。なんせ我がエゾラからかなり距離があるので。それより近い研究所はありますゆえ。ええ。この位置です」ブイネは地図を指差す。
「それはかなり有力な情報だ」ベイクがそう言うと、ブイネはベイクをチラリと見て、また続けた。
「それはそれは大きな建物が、その研究所の真ん中にそびえており、まるで貴族が住んでいるのではないかと思わせるほど立派な造りだったそうです」
「もしかしたら、研究所の中心部であり、長男テスがいる場所か、もしくは太后が住う場所かも知れんな。どちらにしても奴らの重要拠点と見て間違いなさそうだ」カーが言った。
「どうにかして、もっと戦力を削ぎたいものだ」誰かが発言した。
「テスをこちらに引きずり出せれば良いのだが」ブイネが言う。
「それが1番だか、なかなか難しいだろう。そこで皆の知恵をお借りしたい。これからどうやって彼奴らを追い込んでいくかを。あまりリスクは背負いたくない」カーが皆を見た。
しばしの沈黙。
「拮抗状態になって、奴らも何か考えるだろう。それは時間が長いほど良くないと思う」ベイクが発言した。
「ではどうしろと」ブイネが訊いた。
「速攻で叩き潰す」とベイク。
「貴殿は人命を何と心得るのかな」とブイネ。
ベイクは何も言い返さなかった。
「ベイク殿の気持ちも分からんではないが、そこに至るまでにまだ出来る事があるのではないかと考える。ここは慎重にいかんと」
「カンだ」ベイクが言った。
「は?」ブイネが訊いた。
「俺のカンがそう言うんだ。時間を与えてはならないと」
首脳達はやや呆気にとらる、ブイネは口を隠して笑いを堪えていた。「カンで発言されても困りますな」
ベイクは無表情で立ち上がり、部屋を出た。皆は無言で見送る。
「ベイク」カーが呼び止めようと叫んだ。
するともう1度扉が開いた。カー団長は帰って来たと思い、扉に駆け寄るが、誰も見当たらない。
足元を見ると、扉の前に狐がちょこんと座っていた。首に何やら巻いた紙を紐で結え付けている。
「ベイク殿はいらっしゃいますか」狐は会議室に入りながら言った。
「今出たところだ」カーが言った。
「なるほど。やはり親方様の言った通りでございます」そう言いながら狐はベイクの座っていた末席に歩いていくと、跳ねて椅子に立ち、首の紙を取り出した。
「親方様からの書簡でございます。読み上げます」狐は紙を解きながら言った。
「貴殿達は男にあらず。
一、男は恐怖を捨てる努力をすべし
一、男は女子供を守るべし
一、男は勇気に敬意を持つべし
一、男は我が命を惜しまず戦うべし
一、男は行動に美徳を持つべし
それが出来ねば貴殿の両親、妻、子供、そのまた子供を幸福にする事できず
孫、ひ孫を守る事あたわらず
同胞の死を憎め
罪悪を許すべからず 」
「以上でございます。失礼致しました」狐は頭を下げて、早々に退出した。
ベイクが急いで簡単な準備をして、馬を引いて大門の外に出ると、10匹程の狐が荒野でベイクを見上げていた。ベイクは目を丸くした。なんでいるのか。
「行くべき場所は分かったのでございますか」狐はが訊いた。
「大体な」ベイクは馬に跨がった。
ベイクが馬で走り出すと、狐達が後ろから走ってついて来た。
「来るのか」ベイクは振り向いて訊いた。
「親方様から、死しても仕えよとのご命令で御座います」
「死が怖くないか」
「死より怖いものも御座います」
ベイクはもう振り返らなかった。
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