第23話 復讐の復讐の復讐

 ベイク達が街にやって来た時、カー団長に用意してもらった3階の部屋で、1人で寝ていたルーザは、まだ寝ついてはいなかったため、隣の部屋の奇妙な物音に気づいた。この部屋には誰もいないはず。


 ベイクとヘカーテ用に用意された隣の部屋には、どちらも寝ていない。ベイクは出ているし、ヘカーテは工房で寝泊りしている。


 まるで鉄の塊でも床に落としたような音が、確かに聞こえた。


 「ヘカーテ?」ルーザはヘカーテが帰って来たのかと思った。何か荷物を取りに帰ったか。それか早くベイクが戻ったか。


 しかし扉を開け閉めする音はしなかった。


 隣の部屋からは返事がない。


 寝入りそうだったので、違う場所から聞こえたのを勘違いしたか、はたまた夢の中の音か。


 ルーザは気になったので、一応ベッドから立ち、ドアを開ける。


 暗がりから、薄らと人の後ろ姿が見えた。


 ルーザは急いでドアを、勢いよく閉めた。ルーザは後悔した。静かに閉めれば良かったのにと。


 ルーザが恐怖を感じたのは、その後ろ姿が見た事がなかったのもあるが、見え方だろうかそれには半身がないように感じたのだ。左半身、顔から腕にかけて。


 ルーザは壁に背を当て、そこに座り込んだ。叫び声を上げたいのを必死で堪え、どうすべきか考えた。


 その部屋はカー団長の気遣いで、フロアにベイク達だけが使う部屋のみだった。同じ階に人はいない。


 ルーザの部屋の扉は、ベイク達の部屋にかけての1つ。つまり外に出るにはベイク達の部屋を抜けなければならなかった。


 するとドアの蝶番が回り、向こうから押しているのを背に感じた。ルーザはそれを背で受け止める。3回。段々強く。


 それが止んで、次にはドアの向こうからカチカチと音がした。まるで金属と金属を噛み合わせるような音。


 何か重いものを引きずる音。床の上を、何か大きな物、それか硬い物を移動させている。そして布の擦れる音。


 ルーザの耳は否が応にも研ぎ澄まされて、隣の喋らない者の立てる音を逐一聞いた。もはやルーザはそこにはおられずベッドに戻っていた。


 汗が、顔を撫でた。緊張で頭が熱くなり、喉に舌が張り付く。


 次の瞬間、見えたのは閃光だった。音は聞こえず、ただただ熱風が飛び込んで来たのに驚く。ドアを突き破り、闇の中から無限の業火が部屋に飛び込んで、全てを飲み込んだ。



 真っ暗な城塞都市ラペに部屋一室程の松明が灯ると、段々と住民の部屋の窓が灯り出し、誰かの怒号が響いた。


 「火事だ」


1度静まり返った街がまたざわめき出し、往路をバケツを持つ男が走り出す。


 カー団長は酔い潰れて寝ていたが、妻に叩かれて急いで服を着替えた。


 「団長」街の戦士がノックもせずに、カーの自宅の玄関を開けた。


 「火事か。どこだ」


「ベイクさんの部屋からです」


「なんだと」カーは上着を着ずに上半身下着で、報告に来た戦士を押し除けて走って行った。


 道でハザンに合流した。しかし2人は何も喋らずに並走した。ハザンも火の場所を聞いていたらしかった。


 ベイク達の住宅の真下に着くと、その建物全ての階が煌々と燃えていた。木製の調度品、屋根、窓の枠。勢いのある火は石壁まで燃やしているみたいだった。


 2階の窓から人が叫ぶ。


 「たすけてくれ」


「台を持って来い!まて、台の上に飛び降りろ。今は飛び降りるな」カーの声が轟く。カーは3階を見上げた。3階は屋根が焼け落ち、なおも激しい火柱を上げていた。


 その2件隣も燃えていた。その向かいも。色々な所から火の手が上がっている。

 カーは火災ではないと悟った。


 「ハザン」カーはハザンの体を羽交い締めにした。


 「駄目だ。まだ入られん」


「ルーザが寝ているはずだ」


「駄目だ」


「うるさい」ハザンはカーを振り解くと、炎に消えた。


 皆がカーの周りを走り回り、水を汲みに行く。カーは走って自宅に戻り、上着を着て、斧を持った。


 カーは走ってベイクの部屋の下に戻ると、消火隊の傍で膝を着いたハザンがいた。体を所々火傷して、服を真っ黒に焦がし、自慢の金髪の一部が焼け焦げていた。


 「いたか」カーが訊いた。


 「全部燃えていた」ハザンは泣いていた。「ベッドも、荷物も」


「ちょっと街を見てくる。来るか?」


「いかん」


「そうか」カーは燃える家を追って歩き出した。


 見ると、往路の家の裏側からまた火の手が上がった。カーは走ってそちらに向かった。


 曲がり角を曲がった時、真っ赤な炎に照らし出された、笑う男を見つけた。


 肩にかけた鉄の箱から出た管を手に持ち、そこから手品のように燃え盛る炎を放射している。身体はぼろぼろの布切れを身につけているが、頭は托鉢で、それよりも目についたのは、左半身が顔から肩にかけて、生まれた時の姿ではなく、鉄で出来ていた事だった。鉄と言ってもそれは複雑な形状をしており、左目には目の代わりらしき水晶がはめ込まれていたし、かつて左手があったであろう肩からは、バネと鉄を組み合わせた、カラクリのような物が生えていた。半分しかない口のほうれい線は上がっているのだが、よくみよく見ると、笑っているのかは定かではなかった。


 カーは歩いて近づいた。彼は放火に夢中でこちらに気付いてないみたいだった。


 「お前か」


 彼はそちらを向いたままカーに話しかけた。カーに気付いていた。


 「お前がモラレバを殺したのか。どいつだ」


カー団長は、話を聞く限り、目の前の男が次男のギラトではないかと思った。


 「お前の妹か?俺が殺した」カーはこちらに注意を引きつけようとした。


 「な...に...」首がギシギシとこちらを向くが、首は生身の肉体が残っていた。彼の残った右目は怒りに血走っており、今にも頭の血管が裂けそうなほど青筋が浮き出ていた。


 カーはこれほど怒っている者を見た事がなかった。


 ギラトはこちらに、手に持った管を向けて、火炎を放射してきた。カーは後ろにのけ反り、斧を構える。


 炎の揺らめく空気の間から、彼がこちらに歩いて来るのが見えた。凄まじい熱風が吹いてくる。熱気だけで皮膚を焼かれてしまうのではないかと思った。


 カーは火炎を避けて退くしかなかった。辺りには幸い誰もいない。しかしあまりにも後退してしまえば皆が消火している所まで行ってしまうし、被害が広がるだろう。


 かと言って、あれをまともに受ければ、おそらく命はない。何を燃料にしているのか分からないが、凄まじい火力だ。


 なおもギラトは歩いて来る。今は火を止めていた。こちらを睨めつけながら。


 見る限り彼には直接的な戦闘能力はないのではないかと、カーは仮定した。だからあんな火炎放射器を持って来たのではないか。


 もうじき、城壁まで後退してしまう。裏路地が途切れ、そこから曲がれば広い往路で、水汲みに走る男達がたくさんいる。そちらに逃げるのはまずい。みんなを巻き添えにしてしまうだろう。


 カーは後ろに壁が見えた。ギラトは炎を上げる。


 その後ろを、同じく復讐に目を血走らせる男が歩いて来た。


 ギラトはカーを焼き殺すのに集中していて、彼に気付いていないのだろうか。


 後ろから、刀剣を持ったハザンが近づいて来る。ゆっくりだが、真っ直ぐ、ギラトを見ている。


 ハザンがギラトの真後ろに達し、剣を振り上げた瞬間、ギラトは突然振り向き、炎をハザンに向かって放射した。


 カーは走り、槍斧を振り回しながら、ギラトの右半身の肩筋を腹まで振り下ろして斬り裂いた。


 カーの2発目は背中から出た管を切り裂き、3振り目で頭を真上からかち割った。


 カーは急いで斧を投げ捨て、倒れ込むギラトを飛び越えて、上着を脱いでハザンを仰ぐ。思い切り、必死で叩いて、ハザンの服に付いた火を消した。

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