第22話 おんなの気持ち
ベイクは馬を狐の社に残して、最低限の荷物を持って来た。裏山と言うのは社からまだ山を登り、その山頂付近から見下ろした場所だった。
ベイクには狐達の見分けがさっぱりつかなかったが、彼らは、どいつも時と場合によって4本足で歩いたり、2本足で歩いたりした。恐らく全員がそれが出来、全員が喋れるみたいだ。
「こちらで御座います」案内役の狐と山を登りきると、彼は山の向こう側を見下ろしながら言った。
その山にはラクダのコブのような、木が切り出されて禿げた砂地の窪みが1箇所あり、またその向こうには木々が生茂る山が広がっている。
「どこだ」ベイクが訊いた。狐が指し示すのは木のない砂地、窪みの底だった。しかしそこはベイクには砂以外は見えなかった。
「潜っておるのです」狐が言う。「ずっと住み着いておりまして、困っておりました。奴のせいで山が掘れません。引き込まれて死んだ仲間もおるのです」
「引き込む?」ベイクははてどうしたものかと考えた。「どんな奴だ?」
「蜘蛛の様な、硬い殻の羽虫の様な、巨大な虫で御座います」狐はその恐ろしい化け物を実際見た事があるらしかった。
「砂の中から現れて獲物を引っ張り込むんだな?」
「はい。食ってしまいます」
ベイクはその辺にあった切り株に座って考えた。自分が持っているとしたら、ナタと剣しかない。無闇に突撃して行っても食われるだろう。
狐は心配そうにベイクを見ている。しかし目が細いので本当は何を考えているかは分からない。
「どうでしょうか」狐が言う。2人で砂地を見下ろしたまましばらく経った。
「それの丸太は使っても構わんのか」切り株に座ったベイクから、向こうに無造作に置かれた丸太が見えた。これから切り出されて運ばれる前らしい。
「はい。どうぞ」
「紐のような物はあるか」
「はい。御座います」狐はその辺に作業員が置いた道具から、植物を編んで作った紐を取って来た。
「よし、手伝え」ベイクは丸太を3本、束ねて持ち上げ、狐に結えさせた。「しっかり頑丈にな」
それをまたやっとこさ持ち上げて、砂地を見下ろす縁まで運んで来た。
「まさか、落とすのですか?ただそれでは奴には効かんと思いますが」
「落とすだけではな」
ベイクは丸太の束を押すと、すかさず自分がその丸太の束の上に乗り込み、砂地の斜面を、ソリに乗るように滑り降りた。
「あ」狐は呆気に取られた。
かなりのスピードで滑り落ちる丸太は、途中から浮いて、そのまま窪みの底に飛んで行くように突き刺さった。
少し倒れかかりながら刺さった丸太が、少しづつ持ち上がり、徐々に立って行く。砂の中に引き込まれ始めたのだ。ベイクは丸太の上の方に移動してしがみついた。
突然、土の中からどす黒い爪が現れた。そして顔も。砂の中からは赤い目がいくつも付いた、人のそれより大きな甲虫の顔が覗き、黒光りする半身が現れる。強靭そうな顎とグロテスクな触覚が、忙しく動く。
化け物足は素早く爪で丸太を引っ掛け、その上にしがみついたベイクを見定めたようだ。そして丸太を砂に引きずり込みながら、捕食するためか、ベイクを見上げて待ち構えている。
もう化け物の爪や顎がベイクに届きそうだ、と狐は固唾を飲んだ。
砂の黒虫が待った獲物についに飛び付いて食らおうとした瞬間、もう幾分も残っていない丸太の縁をベイクが蹴って飛び上がり、ナタを真下に投げつけた。
黒虫はいるはずの獲物を見失い、硬い頭に衝撃を感じ、何事かと一瞬動きを止める。
その次には甲虫は目に違和感を感じ、人で言う痛みを感じた。
顔に何かがのし掛かる。
ベイクは突き立てた白銀の剣を力一杯引き、甲虫の顔を裂いた。甲虫は呻き声1つ挙げず、悶えて暴れる事もなかった。
ベイクは一撃で黒い甲虫を絶命させたのだ。
その夜、特に歓迎の酒が振る舞われたりする事はなく、深い森林は暗くて静かだった。狐達は寝静まったか、どこにもいない。
ベイクは久しぶりに新鮮な肉、兎の肉だったが、を振る舞われ、押し隠していた欲求が満たされた気がした。やはり植物だけでは飽きる。
虫の鳴き声も聞こえる。ベイクはそれに耳を傾けながら、狐の親分といた。彼は相変わらず自分の椅子に深く座っていた。
「ずいぶん」親分の声は少し聞き取りにくかった。「ここにもたくさんの者がやって来ては死んだものだ」遠い目をしているのか、眠いのか分からなかった。
「ここに化け物はやって来ないのか?」ベイクは訊いた。
「来るが、集団で正面から来る奴らなら撃退するよ。森林の中では我々に敵うものはいないからな」
「なるほど」
「わしも好き放題すり太后達は許せんかったが、この山を守るのを優先してきた。いつか、どうにかなる、どうにかしてくれると人任せだったのかも知れんな。明日使いを出して、この状況を伝えるよ」
「ありがとう。俺も明日ラペに帰る」
「これからどういう計画でいくんだ?」
「そうだな。奴らの出方次第だが、残る兄弟と対峙せねばならんだろう。打って出るタイミングは見計らわないといけない」
「噂に聞くと彼奴らは鬼畜のような事をしていると聞く。心得たし」
「ああ」
城塞都市ラペの城壁では、ハザンとルーザが夜風に当たっていた。街も静まりかえり、飽き足りた何もない荒野にも見る物もなかった。
「何か話があるの?」ルーザは乱れる横髪を撫であげた。
「話という話はないよ」ハザンは少し返答に困った。
「ベイクは無事に着いたかしら」
「さあ...どうだか」
「これからどうなって行くのかしら」
「無事に終われば、ルーザは帰るのかい?」
「さあ、分からないけど、谷は良いところだし、ずっと一緒に暮らしてきた妖精達も待っているだろうし。彼らが考えている事は今だによく分からないけれど」ルーザは1人でくすくす笑った。
「俺もアーラなのだろうか。誰か分かる者はいないのかな。俺がその谷の出身だと、誰も教えてくれる人はいないんだろうな」
「ハザンはお父さんとお母さんは?」
「分からないんだ。気付いたらあの集落にいて、同年代の奴らと暮らしてて。俺達は何人かの大人に育てられていた。共同住宅みたいな」
「ルーツが分からないのは辛いわね」ルーザは悲しい顔で言う。「終わったら、私と谷で住まない?」
「え」ハザンは心臓が高鳴る。「それって...」
しばしの沈黙。ハザンは気まずくなる。
「ごめんなさい」
ハザンはその一言に傷つく。天から地へ。
「まだ分からないの。何100年も1人でいたから。家族とか友達とか、恋人とか。違いは分かりそうなんだけど、実感として湧かなくって」
「うん」ハザンにはそう答えるのが精一杯だった。
「寝るね」
「ああ」
ルーザは階段を降りて行った。
ルーザが部屋に帰り、床に着くと、真っ暗な隣の部屋に次元の歪みがゆっくりと口を開け、ここはどこだと辺りを見回す、妹の復讐に目をたぎらすギラトが顔を覗かせた。
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