第21話 親分さん

 今日は少しだけ、雲の合間から日差しが差していた。来た方向も向かう方向も、嫌というほど何もなく、ただただ地平線が続いていた。


 この土地はやはり殺伐としていて、砂漠というわけではないが砂地ばかり続いている。獣がたまにうろついているので、小さな集落がなく、何もない場所に忽然と町が現れたりする。少数で住むのは合理的でないのだ。


 遠くを獣の群れが通過しているのを3度見た。彼らも糧を得るために移動しているのか。太后達が勝手に生み出した合成生物や人工生物、彼らもまた犠牲者だと言えるだろう。


 ベイクは道すがらの2日間、敵襲を受ける事がなかった。なのでモラレバに噛まれた腕も大分回復してきた。夜は暗くなれば荒野で目立ってしまうので、火も焚かずに、地面に寝そべってさっさと寝た。


 そうしながら進んで行くと、遠くに高い山が見え始め、それが少しづつ横に広がり、緑の青々とした山岳地帯が現れた。


 ベイクはそれほどの自然があるとは知らなかったので、少し驚いた。1番高い所は、山頂まで登るのに半日はかかりそうで、これほどの自然豊かな土地が、奴らの目についていないのが不思議だった。


 馬に乗ったまま木々の中に入って、しばらく歩いていると、野鳥が囀るのが聞こえた。辺りで草が揺れ動き、荒野とはうって変わって生命の鼓動がする。重なり合う木々の葉の下を小さな小川がさりげなく流れ、そこには小魚が泳いでいた。


 道は一切なかったので、真っ直ぐ道なき道を山頂に向かって歩いていると、どこからか何らかの気配がした。いくつかの視線。こちらを警戒するようなひそめた息遣いで、藪の中からベイクを見ている。しかし殺気のようなものは感じなかった。


 ベイクは道が分からないのと、拮抗状態を解いてしまいたかったので、声を張り上げて叫んだ。


 「こちらはラペから参った使者です。今事態は風雲急を告げております。こちらの親分さんに用があって参りました。ラペの戦士団長カーの手紙を持っております。1度お目通しを」


しばらく視線が止み、こそこそ話し合う声が聞こえた。ベイクにはそれが長く感じた。


 すると茂みが擦れる音がして、ベイクをとり囲むように6匹の狐が姿を現した。大きさ、色もそっくりそのまま山吹色をした狐ではあったが、彼らはその細い目でベイクを睨め付けて、小さく細い口から流暢に話をし始めた。


 「貴殿、親方と御約束はおありか?」毅然としていて堂々とした声色。人よりも言葉遣いが綺麗だ。


 「いや、約束はないな」ベイクが答えた。


 「御約束が御座らねば親方様は会わぬ。早々に帰られるが宜しかろう」


「それは出来んな。今後のあなた方の未来にも関わる事だ」ベイクは譲らなかった。


 「我々の未来?」違う狐が言った。6匹とも、ベイクの態度にストレスを感じるのか、尻尾をバタつかせている。


 「我々は太后の娘を撃破した。あなた方、そしてこの世界にに住う皆の協力をお願いしに来たのだ」


「なんと」


「誠か」


「モラレバを?」

狐達が騒つき始めた。


 「親分さんと話がしたい」再度ベイクが言った。


 6匹は再び集まり、小声で協議を始めた。その最中も何度もこちらを見てくる。


 「良かろう」結論が出たみたいだ。「我らが社まで案内しよう。しかし、親方様が会わないと言われたら、その時はお引き取り願う。構わんかな?」


「いいだろう」


「こちらだ」ベイクの前を3匹、背後を3匹が歩く。ベイクは道なき道を案内された。


 まるで自然に溶け込むような木の柵が見え、その中にたたずむ、お世辞にも綺麗とは言えない、機能性を重視した建造物が見えてきた。


 しかし、近づくにつれて、それが要塞であり、我々の様な石造りの家に住む者とは全く違う文化を持つ、木造の家である事がわかった。


 形は歪で、左右対象などではなく、森に溶け込む外壁、高床になった入り口にかけられた梯子は地形や自然のありのままの形を利用して造られていて、見分けるのが困難だった。テラスは生きた木を利用して固定してされていたり、複雑に入り組んだ棟同士は木で編まれた吊り橋が渡されていたりした。


 彼らは自然と生き、自然に溶けこむので、ここには何人も寄せ付けないのであろう。恐らく、この森を焼き払おうとしても、彼らにはそれを防ぐ術があるに違いない。


 その、はっきりと形が分からない建物群の真ん中には、森の方へ渡されている鉄線に繋がれた、滑車の付いた積荷代のようなものが設置されていて、それはもっと高い山の上と荷物のやりとりを出来るらしかった。採掘した鉄や伐採した木を運ぶものだと思われる。

 途中、ある棟の窓を覗き込むと、沢山の狐達がテーブルの周りに集まり、なにかの原石を、前足で必死で寄り分けていた。仕分け場だ。


 あちらこちらから垂れ下がる木の枝を避けながら、丸太の床を案内されるままに歩く。


 「こちらでお待ちください」案内の狐が小さな前足をかざして静止した。


 彼が入って行った扉は特に立派というわけではない。しばらくすると、またさっきの案内役が出て来て、中に入るように促した。意外とあっさり案内された。


 扉が低く、少し屈んで中に入る。部屋の中へ入ってしまえばベイクでも立ち上がる事ができる高さで、広くて整理整頓されていた。丸太を繋げた床には枯れ草で編んだ敷物が敷いてあり、奥には立派な仕事机、手前には応接用のテーブルと木の椅子もあった。


 親分さんというのはそのどちらにもいなかった。彼は右手奥の部屋隅に置かれた台の上で、干し草に踏ん反り返って座っていた。


 彼は見たこともないような大きな狐で、それは身長もさることながら、肥満体でもあった。人の大人より少し小さいだけだったが、他の狐と比べるとかなり大きい。


 そしてよく見ると、彼だけだが、尻尾が1本以上あった。あぐらをかいて座っているので、正確には分からないが、見えるだけで3本見えた。


 「遠い中ようこそおいでなすった」親分さんはしわがれた声でそう言うと、前足に器用に持った煙草をふかした。部屋にお香のような匂いが立ち昇る。


 座るように促され、ベイクは応接用の椅子に座った。背後には狐が2匹、直立して命令を待つように立っていた。


 「あんた、モラレバをやったっちゅーのは本当かい?」親分さんの顔は白髪まじりで他の狐よりは年老いた貫禄げあり、目つきが鋭かった。腹のたるみは毛なのか、肉なのか分からない。


 「ああ。俺が確かにやっつけた」ベイクは答えた。


「どこでどうやって?」


 「研究所を燃やしたらラペに大勢で報復に来てな。俺は今ラペで世話になっているんだが」


「確かに最近、研究所が火災になったっちゅー噂は聞いた。あんたがやったんか?」


「ああ」


「あんたどこから来た?」親分は下の者に何か合図をした。

 

 「最近、次元の歪みからこちらに来てな。こちらに来たのは太后をやっつけるためだ」


「なるほど。そんでこの山には何しに来たんだ?」


 「俺は皆の協力がないと、太后を打ち破れんと考えている。それぞれの都市が協力して、武装を強化してもらいたい。最低限自分達の身を守る。いざという時には一緒に戦ってもらいたいんだ。その呼び掛けを他の街にしてもらいたい。あなたは顔がきくと聞いた」


親分は口をつぐんだ。言葉を探しているようだった。


 「最近はいなかったが」口を開く。「あんたみたいな奴は今までもいたよ。確かにモラレバをやっつけたっちゅーのは凄いが。あの親子に立ち向かおうとした奴はおった。しかし、みんな死んでしもた」


 扉が開き、狐が盆に緑の飲み物の入った、木のコップを乗せて戻って来た。それをベイクの前に置く。


 「わしらはあの太后よりも、この土地のどいつよりも昔からここに住んどるんだ。爺さんも、またその爺さんも、この山に住んで木を皆に分け与えて、鉄を掘っとる。最近ずっと周りの奴らが勝手に来て、勝手にうるさく騒いでおる」親分は煙草をふーっと吹いた。「分かるかね。わしの気持ちが」


「それを俺が終わらせる」


「なら見せてくれ。わしが納得出来たら何でもしよう」


「何をすれば?」


「山の裏にあの化け物がやって来て住み着いとるんだ。退治してくれ」

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