第20話 妹

 男は悲しみに怒り、震えていた。やり場のない思いが押し寄せては引いてゆく波の様に何回も訪れ、心を締め付ける。


 自分の研究所で自分が作った装置やその部品、自分で書いたレポートを、八つ当たりで壊しはするが、そんな事では気持ちは晴れなかった。そんな事をしても無駄だと分かっていた。


 怒りの後に隕石のような悲しみが押し寄せ、どうする事も出来ず1時間位泣き続けた。機械化した左の目からは涙が流れず、その分右目から2倍の涙が溢れた。部屋の隅でうずくまり、妹がいないこれからをどうしたら良いか考えた。


 男は宮殿へ赴き、ノックもせず勢いよく扉を開けた。普段ならそんな事はしない。


 「母上」男の声は上ずっていた。


 そこには皆が忌み憎む太后と呼ばれる女がいた。彼女は食事をとっていた。フォークとナイフで、血が滴る何らかの肉を食べている。


 だだっ広い食卓に1人。隣には給仕の者はおろか、1人も置いていない。


 「なぜモラレバを行かせたのですか。せめて僕に言ってもらうか、相手がどんな奴か調べてからでも良かったでしょうに」男は声を荒げた。自分の鉄の半身に不快に響く。


 太后は何も言わなかった。彼女にも娘を失った悲しみの影は見える。ただ男には彼女の感覚が麻痺しているようにも見えた。


 「テスがどうにかしてくれるわ」太后は小さく呟き、また食事を取り始めた。


 「何100年経っても結果を出せてないのに、まだそんな事言っているのですか」


「進んでるわ」


「あんな人工生物を作ったり、不完全な死人を操ったりしているのが、進んでる事ですか」


「テスがモラレバもどうにかしてくれるわ。遺体を回収して頂戴」


「不可能だ。もう処分されてしまってる。それに私はテスには出来ないと思う」もはや男は怒鳴っていた。


 「まあいいわ。モラレバの細胞のサンプルはどこかにあると思うから」


その母親の一言に、男の中で何かが切れてしまって、何も言えなくなってしまった。娘のクローンを作ろうというのか。


 男は黙って部屋を後にした。


 あの子は昔から、何を考えているのか分からない、と太后は思った。




 城塞都市ラペでは、ベイクとカー、ハザンが戦士の詰所に集まり、話をしていた。


 「モラレバが死んだ今、これから奴らがどういう行動をとってくるか分からんな。破れかぶれにならなければよいのだが」カーは相変わらずこの場でも酒は手放さない。


 「周辺の街を回って、警備を強化すると共に警戒を呼びかけた方がいい気がするのだが」ベイクはまだ二の腕に包帯を巻いていた。モラレバに噛まれた傷が骨まで到達していたので、縫合を施されていた。まるで獣に噛まれたかのような歯形の複雑な傷だったため、少し治るのが遅そうだ。


 「それに越した事はないな。状況を説明すれば、他の街のみんなに希望や喜びが与えられる」ハザンが言った。


 「でも勝手な動きをされれば困る場合もある。それに無謀だと反対されるかもな」ベイクが言う。


 「ならばだな」カーは果実酒をあおった。「まず親分さんの所に話を通すのが早いと思う」


「ん。やはりそうか」ハザンはうつむいた。


 「どうした?乗り気じゃないな」ベイクは2人が気が進まない雰囲気になったのを感じ取った。「その親分さんってのは何だ?何の親分なんだ?」


 「まあ、性格から来た愛称みたいなもんだが、かなり影響力があるには違いない。彼は木材と鉄の鉱山の元締めなんだ。つまり、生活資源を握っている。山に住んでいて、俺達が持つ木材や鉄器全てを産出しているんだ。いくつかある街の長達も彼は無視出来ない」


「影響力がある者なんだな。ちなみに街はいくつくらいあるんだ?」


「このラペを入れて8かな。1番大きいのはラペだ。あとの7つはそれほどじゃないが」ハザンが言った。


 「全ての街が足並みを揃えるなら?」ベイクは確認に訊いた。


 「親分さんに言ってもらうのが確実で早い。街を回って説得しようと思ったら2週間以上はかかるだろう」


 「俺はあそこへ行くのは遠慮したい」ハザンは肘をついて頭を抱えた。


 「なんでなんだ?」ベイクは意味がわからなかった。


 「俺が親分さんに手紙を書くから、ベイクに行ってもらおう」カーは少し酔いが覚めているようだった。


 「それはかまわんが、何かあるのか」ベイクは彼らが親分さんを避ける理由が分からなかった。


「あのお方は気難しいんだ。とてつもなく」カーはそれ以外話したがらなかった。





 翌朝の出発には、ラペの大門の前には大袈裟に思えるくらい大勢が集まった。ルーザとヘカーテはもちろん、カーとその家族、ハザンに牛蛙とミミズク、怪我の軽い戦士達、何人かの街人も来ていた。


 自然とラペではベイクは英雄扱いで、街人みんなが周知していた。カーもそれを心から嬉しく感じていたし、鼻が高かった。


 「必ず帰って来て下さいね」ヘカーテは目を潤ませながら言う。


 「ベイク」ルーザは心なしかスッキリして、明るい表情が目立つ様になった。「気を付けて」


 馬に食料と水、着替えに布団、それにヘカーテに柄を差し直してもらったナタを積み込んだ。


 「地図の通りに行けば2日で着くからな。手紙をなくさないように」カー団長が言う。


 ベイクは今生の別れみたいで嫌だと思いながら、さっさとラペを後にした。



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