第18話 荒野の戦闘

 彼女は赤いカーテンをめくり上げると、獣達が立てる砂煙が入ってくるので、あまり開けたくはなかった。しかし今日は久しぶりにどんよりと暑い。たまに猛る馬鹿な獣が馬車にぶつかって行くので、それが目障りだった。


 持ってきた水を飲み、特にする事もなく、座り心地の悪い椅子でうなだれる。今日はあまり気分が乗らないので、あいつらに片付けて貰いたいと思った。外に出るのは気が進まない。


 でも、なぜか自分が出ていかなければならないような気がした。聞こえる獣達の喧騒の様子があまりかんばしくない。それに街の中からやつらのの悲鳴が、いまだにあまり聞こえてこないのだ。


 早く聞きたい。命乞いする女がパニックになって泣き叫ぶ声を。命乞いをされると心底嬉しくて体が震える。相手がどんな子供でも、老人でもよかった。いくつになっても、何回経験しても、恐怖や絶望に触れるのは嬉しいものなのだ。




 ラペの大門に侵入してきた蛸人間は、筋肉が人のそれとは少し違っていて、蛸と人の中間のようだった。筋肉に異様に弾力があり、勢いよく叩き切るということがしにくかった。なのでカーの斧の斬撃ではたわんでしまい、頭を叩きつけても即死にならない場合があった。


 街の戦士が蛸男に苦戦していると、また別の猿や蛇頭、水牛に攻撃を喰らった。ベイクの剣は蛸男に有効なようで、彼はあえて少しさがり、みんなをフォローする形で、苦戦する者の所へ駆け寄り、蛸男にとどめをさしていった。


 カーはそれでも一人でこなしていたが、蛸男2匹に押し込まれていると、不意に横から水牛のタックルを受けた。地面に飛ばされたが、斧は何とか手に持ったままだった。


 徐々に押し込まれる。時間の経過と共に、戦士達のペースが落ち、何人かはやむなく脇に出て治療を受けた。


 しかし、ベイクの動きは加速していく。彼が刀剣を振るうのはかなり久しぶりで、その高揚感が彼を後押しする。


 返り血がないのはかなり不思議な感覚だが、徐々に慣れていった。彼は今までないほどに己の五感を研ぎ澄まして、認知できる限りの土豪内の者の動きを読んで動き続ける。


 結局、10匹ほど敵を引き入れた内、実に6体はベイクが仕留めた。蛸男が現れてから、カー団長も少し息が上がりだした。少し押されだしていた。


 「結構きついな」そう言うと、カーは砂のついた体を払いながら、城壁の上に上がって行った。戦士達も打撲した身体を引きずりながら、脇の出入口に給水しに行った。


 「どうだ」カーが、城砦の上のハザンの隣に行って話しかける。


 「今で3分の1くらいかな。弓矢で仕留めたのは」ハザンが言った。


 カーが壁の外を見渡すと、弓矢が命中して仕留めた獣が案外多い事に驚いた。


 「凄い命中率だな」カーは少し驚いた。


 「命中率よりかはこの弓の弦のおかげだな。鉄線を混ぜて編んだ弦のおかげで、今までより格段に威力が上がっている。ヘカーテは凄いやつだ」


「そうか。あの馬車はどうだ?何か動きがあったか」


「誰も出てこない。動きなしだな。俺が弓で狙ってみてはいるが、なかなか命中しない」


「あの中の者を狙った方が早いかもな。獣を一掃するよりも」


「やってみるよ」ハザンが言った。


 カーはまた街に降りて大門を開けさせた。また、同じように獣が雪崩れ込んで来た。



 ハザンは意識を集中させ、赤い帆を凝視した。弓を引く。そのまま停止して、呼吸を止め、風を読もうとする。


 精神を落ち着かせた。射ろうとしたその時、意識が違うものにいって、ぶれてしまった。横目に、大門を挟んだ向こうの端から、何か白い物が現れたのが見えた。光を眩しく反射して煌く何かが。


 ハザンは弓を納めてそちらに目をやる。あれはなんだ。新手の敵なのか。それとも味方なのか。ずっとそこにいたのかさえ分からなかった。


 どうやら、獣の真っ只中を抜けてこちらに少しづつ近づいてくるようだ。ゆっくりと。


 遠いので光るものとしか見えないが、あまりに黒い獣の群れの合間をすり抜けて来るので、違和感を感じた。何をしているのだろうか。


 大分近づいてくると、どうやら馬に乗った白い人のようである事は分かった。それは手に持った長い物を振り回している。獣を撃退しているようなのだ。


 それは軽やかに、攻撃を避けながらこちらに近づいて来ていて、獣の軍勢の真っ只中に混じって怪物どもをなぎ倒している。彼が進んだ後には動かなくなった獣どもの死体が残っていった。


 それは大門の近くまで来た。

 白い甲冑を着込んだ騎士。顔まで武装した馬に乗った、全身が見えない完全防備の鎧を着た騎士が槍と盾を持って、次々と襲いかかる合成生物をやっつけて進んでいた。


 壁の外を歩いているので、城壁の者からはそれが見えていない。しかもそれは赤い馬車からは少し距離があった。


 その最中も大門は開け閉めされて、砂煙が街に雪崩れ込んでいた。急激に敵の数が減っていく。ハザンは城砦の戦士達の所に走り寄り、騎士に矢が当たらないように指示して回った。


 騎士は大門の前を悠然と通過し、こちら側の壁の真下まで来ると、しばらくそこにいて、向かってくる者どもを串刺しにしていた。それはしなやかな動きで立ち回っており、攻撃を受ける事がなかった。


 それから少し時間が経過した後、赤い馬車の帆が開いた。ハザンはそれに気付いて、何が中から現れたのか凝視して確認する。


 赤い馬車の中から出て来たものは動かない。


 次に、騎士に目をやると、なんとさっきまでいたはずの騎士が消えていた。ハザンが城塞の周りを見渡しても、どこにもいない。忽然と姿を消してしまったのだ。


 ハザンは城砦をもう一度回って探してみた。しかし消えていた。




 モラレバが馬車から出ると、どうした事か、辺りにおよそ半分くらいの獣達の屍が、転がっていた。少し放っておいたうちにかなりやられてしまっていた。


 赤い馬車の後ろを見ても、もうあの嫌悪する兄者が作った馬鹿な人工生物はおらず、城壁の周りを唸りながら、壁を引っ掻いたりして群がっているばかりだった。


 モラレバは、重量のある甲冑をもろともせず、砂煙を立てながら城壁の正門に歩いて行った。彼女はいつも兜は被らない。ただ赤い髪を結えて、敢えて自分の顔をさらけ出す。自分が女だという事を隠すのが嫌なのかも知れない。しかし、女だということを見せびらかしたいのかも知れない。


 立ち止まって転がる骸を見た。そこらの獣は矢で射られて死んでいるのではなく、突い撃や斬撃でやられていた。はて、馬車に籠もっている間に城壁の外に奴らは出て来たのだろうかといぶかしんだ。


 それに辺りに馬の蹄の跡もある。あの研究所を燃やした奴らの仕業か。それほどまでの度胸と実力のある者が、今までどこでくすぶっていたのか、外から来た者か。


 モラレバが大門に近づくと、知性のない獣達が道を開けた。いくら彼らでもそれくらいは分かった。逆らって良い相手と、そうでない相手。



 カー団長は額から流れる血を拭いながら、また合図を送る。


 すると大急ぎでハザンが城壁から降りて来た。


 「馬車から、降りて来た」


 「なに」カー団長や戦士達が騒つく。もはや土豪内には戦士は、ベイクとカー団長を除いて2人しか残っておらず、他は皆、術師達に手当てを受けていた。


 カーが合図して大門が開くと、そこには赤髪の、瞳が青い清楚な顔立ちの女が立っていた。


 全身にはひと繋ぎの、滑らかな曲線を描く甲冑を着込んでいて、顔がきっと見えなければ女とは分からなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る