第16話 恐ろしき兄弟

 ベイクは城塞都市ラペの、カー団長が用意してくれた部屋で、ルーザの治癒術を受けていた。体中打撲と痣だらけで、汚れを洗い流すための水浴びが苦痛だった。やっとのことで帰ってきたその日は動けず、次の日に身体を清め、腹を満たして今やっと落ち着いた。


 ベッドにうつ伏せで寝そべるベイクに、ルーザはそのそばに椅子を置いて優しく手を添える。ルーザの術は殺菌と血行促進で体の治癒力を促していた。部屋は3階で、部屋にもその階にも誰もいなかった。


 「ヘカーテは何してる?」ベイクは少し眠そうだった。治癒術を受けていると身体全体がほのかに暖かく、気持ちが浮いて来る気分になるのだ。


 「カー団長のたってのお願いで、武具の手入れをしているわ」ルーザはたくましいベイクの背中の、痛々しい傷を見つめていた。


 「そうか。あいつ寝ないでやっているだろう?」ベイクはにやりと笑う。


 「ええ。人が変わったみたいにずっと作業してくれているわ」ルーザは真面目に答えた。「貴方と谷に来た時とは雰囲気が違うわ」


「そうだろう。よく昔は弟子を怒鳴り散らしていたな。仕事になると人格が変わるんだ。あいつからハンマーを取り上げたら元に戻るよ」


ルーザはくすくす笑った。


 「ハザンの手首はどうだった?折れてはいない?」


「捻挫だったわ。すぐに良くなる」


「そりゃ良かった。間に合えばいいが」


「何に?」


「奴らの報復さ。恐らく、奴らはたくさんでひと戦仕掛けて来る、と思う」


「まあ...そう言えば、みんな忙し気に準備しているような。奴らが攻めてくる事を知っているのね」


「多分そうだろう。カー団長は仕事が出来る奴だからな。奴らの動きを読んでる」ベイクは続けた。

「君は大丈夫かい?みんなと話した?」


 「ええ。ずっとここにいたんですもの」


「人といるのも悪くないだろう?」


「ええ。でもみんなが楽しく何かを喋るのに私は喋れないの。ただ黙って聞いていて、笑っているだけ。たまにそこにいてもいいのかって思う時がある。いてもいなくても一緒なの」


「それは慣れさ。誰もいちゃいけないって事はない。そんなやつはいないんだ。少しづつやればいいよ」


「うん。ありがとう」




 「ルーザ?ベイクと部屋にいるぜ。おい!何やってるんだ!違うだろ!貸せ!」


ハザンはヘカーテのやかましい工房の扉を静かに閉めた。ルーザが巻いてくれた手首の包帯を見つめながら、当てもなく通りを歩いていた。


 同胞だから?いや違う。


 「何ボーッとしてるんだ」後ろからいきなりカー団長が肩組をしてきて、ハザンは少しムッとした。


 「何だ。準備は進んでるのか」ハザンは切り返した。


 「ああ、ばっちりだ。明日にはいつでも迎え撃てるようになる。作戦もしっかり考えたぞ」カーは上機嫌だ。しかし、今のカー団長は何というか、本当に明るく楽しそうだった。まるで今までは、周りを励ますための空元気であったのかと思わせるほどだった。ベイクが来て変わった。自分も。





 

 「何で俺らがこんな事せにゃいかんのだ」


「ん。まああそこにいるよりは安全だから、言う事を聞くしかないんじゃないか」


「助けてくれたんじゃないのかよ」


「あのカー団長ってのは曲者だな」


無理矢理ベイクに、隠れ家から連れてこられた牛蛙とミミズクは筆記用具を片手に、診療所にいた。そこには食事をして、各々治療を受けている研究員が20人弱、勢揃いしていた。


 「つまりどーしろと言うんだ」ミミズクがぼやいた。


 「みんなに状況とか、新しい情報とか太后の事を訊いて、情報をまとめろって事じゃないのか」牛蛙がなだめた。


 「でもみんなあまり知らんのじゃないのか。あの俺達が伝えた以上の情報はないと思うが」


「まあ、話し合ってみよう。みんなのためだからな」




 その夜、カー団長が詰所兼物置に使っている部屋には、ベイク、ヘカーテ、ルーザ、ハザン、カー、それに牛蛙とミミズクが揃った。


 カーは持って来た果実酒をみんなに振る舞う。しかし誰も手をつけようとはしなかった。


 「何で俺達がこんな事を...」ミミズクが紙の束を、皆が囲む机に置きながらぼやいた。


 「いや、今日頼んだのは、誰でも記憶は薄れるし、急ぐ事だからな。それにあいつらみんな監禁状態だったから、あんたらの方が話しやすいと思ってな」カー団長は説明した。


 カーはあまりに考えがないかと思わせておいて、理路整然と説明する。ミミズクは妙に納得してしまった。


 「何か俺達の知らない情報はあったか?」ハザンが身を乗り出す。


 「それよりも」ベイクが口を開く。「カー団長達にも一通り説明しよう」


ハザンは口をつぐむ。自然とルーザに目が行く。ルーザはベイクの隣に座っていた。


 「太后には3人の子供がいる。長男テス、次男ギラト、末の娘モラレバ」


「長男テスは術使いで蘇生などの生物実験を、次男ギラトは空間を歪ませる装置の開発、モラレバは実戦を担当。太后も術の使い手らしい」


「奴らの研究所はあと31ある。全ての研究所を開放して回るのは、あいつらと合間見えずには不可能だ」


 「まずその兄弟がどこにいるかを突き止めないといけないな」カー団長が言った。


 「今日聞き込みをした研究員の話だと」牛蛙が言った。「次男ギラトの次元について研究所はどうやら1つらしい。そこにはどうやら研究員はおらず、1人で執り行っているらしいのだ。あとはテスの実験施設なのだと。つまり、あとの30の研究所は生物実験に関するものだというのだ」


「あと、ギラトは周りを信用しておらず、テスにさえあまり心を開かないらしい。彼が普段触れ合い、話をするのは妹のモラレバだけなのだそうだ」


 「その31ある研究所の場所は誰か分からないのか?」


「訊いてみたが誰も分からないとの事だった。俺達も研究所の位置までは分からない。ずっとあそこにいて、閉じ込められていたからな」


「そうか」ベイクは果実酒を飲んでみた。やはり好きになれない味だ。


 「研究員の中にテスに実際会った事がある奴はいるのか?」


「ちゃんと見た者はいない。あの研究所に来た事があるかどうかも分からないのだ。しかし、逆に次男のギラトらしき者を見たと言う奴がいた。あの所長がギラト様と呼んだらしい。部屋に入って行くのにちらっと出会しただけらしいのだが」


 「そうか。どんな奴で、何をしていたんだ」


「何をしていたかは聞いていないが、人型をしていて、体が半分、鉄のカラクリだったらしい。ない部分を鉄片をつけて補っていたようだ」


 

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