第14話 火炎の所長

 研究所の2階に上がる階段は螺旋状になっていて、木造であるために昇る度に軋む音を立てた。ベイクの後をハザンが続いて進む。ベイクは上半身が半裸で、拭っても取りきれない返り血で赤く染まっていた。


 突然、階段の上から重量のある、柔らかい物が落ちて来て、ベイクとハザンにのし掛かってきて、2人はバランスを崩した。太くて長いそれは2人ともの上に被さり、もろとも木の階段を転げ落ちた。


 「うっ」とハザンは呻いた。ハザンが1階、階段のたもとまで転がり落ち、その上に落下物。ベイクは階段の半ばで踏みとどまり、ナタが手元にあるのを確認した。


 それは大人の身長より長そうな大蛇だった。しかし、太さが太腿ほどもある巨大なヘビなのだが、不格好に見えるほど頭が小さい。そのえんじ色の巨体でハザンを押し潰したまま、どうだと言わんばかりに口を一杯に開けて、階段の上のベイクを威嚇して見せた。


 大蛇の下の、ハザンの身体がねじれているのが見えたので、ベイクは急いでナタを振り上げて、大蛇の頭を斬りつけようとする。しかし大蛇は俊敏に、小さな頭を揺らして避けた。


 もう一度斬撃を放つが、大蛇は嘲笑う様に回避する。


 ベイクは作戦を変え、大蛇の巨大にナタの狙いを定めて、骨に届くぐらい勢いよく垂直に叩きつけた。


 大蛇が悲鳴にならない悲鳴をあげ、目を剥いて口から泡を吹く。そして、怒り狂ってベイクに噛みつこうと、たわんでいた身を持ち上げた。しかし、次にはベイクは次の一撃を繰り出す準備が出来ており、ナタを食らった大蛇の頭蓋骨は真っ二つに裂けた。


 ベイクは急いで大蛇をまたいで階段を降り、ハザンの上から大蛇をひきずり退けた。大蛇は思いの外重く、腰で担ぎ上げるように横に寄せると、ハザンはすぐに体のねじれを直した。体は動くようだ。


 「いたた。すまん」ハザンは仰向けで倒れたまま、ベイクに言った。


 「大丈夫か?骨が折れててもおかしくなかったぞ」


「俺は体が柔らかい方だから大丈夫だ」


「なるほど」ベイクは手を差し出した。


 「いっ」ハザンがベイクの手に捕まろうと上げようとした利き手を、左手で押さえた。「すまん。もう投げられそうにない」


「捻ったか」


「外に出した研究員の様子を見てくるよ」


「ならば研究員達を、1階に集め直して、俺達が来た穴から逃がそう。今から行って2階から研究員を下ろすから、そこからは誘導してくれるか?」ベイクはハザンの左手を持って、引き起こしながら言った。


 「分かった。ベイク、お前、みんなを逃すために時間稼ぎをするつもりか?」


「殿ってやつだな」


 「大丈夫か?」


「ああ」


ハザンは急いで、一旦外に出した研究員達を呼び戻しに行った。


 ベイクは2階へ上がって行った。左は行き止まりで一部屋、右手に長い廊下があり、いくつか扉が並んでいた。辺りは1階と打って変わって妙に静かで、まるで作為的な静寂に感じた。


 左の扉を開けると、突然待ち構えていた蛇頭の見張りが、棍棒で殴りかかってきた。予期していなかったベイクは、なんとかナタの柄で打撃を受け止め、逆にナタを下から振り上げて首筋を断ち切った。


 部屋の背後では怯えた研究員が3人、体を寄せ合って、血塗れのベイクを見て怯えていた。ベイクは静かにする様にジェスチャーで伝え、3人を1階に降りるように促した。


 ベイクは息が切れて、スペル・ブレイクが鈍くなっている事に気付いた。用心しなければ。


 次の扉を開ける。その部屋の寝台には、可哀想な死体が横たわっている。それ以外何もなかった。体には無数の縫合跡。恐らく蘇生に近い研究でもされていたか。


 それからの隣の各部屋には、様々な治療を受けた死体が置かれていて、観察のための部屋なのか、研究員も見張りもいなかった。


 ベイクには、果たしてあれらの中に、目を覚ました者がいたのだろうかと考え始めていた。物理的に完全に肉体を復元して、それで魂が帰って来るものなのだろうか。


 恐らくそれに興味を持つという事は、奴らの考えと同じ事。


 最後に突き当たりの部屋が残った。ベイクはその中に何者かがいる事は察知していた。それは静かに、まるでベイクを待っているかの様にじっとしている。


 ベイクが静かにドアを開けた。


 部屋の真ん中には立派な机があり、こちらを向いていた。部屋の木の壁には書類やら、メモ書きやら、手書きの図が貼り付けられていて、ごちゃごちゃしていて落ち着かない雰囲気だった。


 机には人に近しい顔をした、ひどく顎が平たい男が、険しい顔で睨めつけていた。身体はゆったりした白いローブをまとっているが、丸刈りの頭と男らしい太い眉毛がそれと不釣り合いに見えた。


 「貴様、この研究所をよくも滅茶苦茶にしてくれたな。俺は処罰ものだ。死罪かも知れん」その男は机に座ったまま言う。


 「死罪になんかならんさ」ベイクは部屋に入りながら言った。「その前に死ぬ」


相手は目が血走っていてベイクの話など聞いてはいない。「貴様どこから、どういう経路で侵入した?自分がしている事が分かっているのか?」


「している事?」


「そうだ。テス様はお許しにはならんぞ。お前の住む界隈の者は皆殺しにされる」


「許す?」


「お前らなんぞただの人体実験の為に生かされているに過ぎんのだ」


「まてまて。許さんのはこっちだ」ベイクは顎を掻いた。


 「なんだと?」


「お前たちは一線越えたんだ。滅するしかないんだ。それがないとは言わせん。死ぬ覚悟がな」


 「ほざけ」男が手の平を見せると、その先から火炎が上がり、入り口がドアごと燃焼し始めた。壁も燃え、貼り付けてある紙が炭になって巻き上がった。


 部屋が熱気に包まれた。ベイクはすでに部屋の隅に転がり込んで、姿勢を低くしている。


 次にそこに火が上がる。床や壁が香ばしい香りを立てて燃え始め、鼻が曲がる様な煙に変わった。


 ベイクはまたも先ほどの火の手の真ん中に避けていた。彼は燃焼が起きる前に空気を感じ取り、次に起こる事を読んでいた。


 「な なぜだ。なせ術が読める」白衣の男が叫ぶ。そしてなおも手の平を掲げて大きな炎を上げる。机から前、部屋一面に一段と大きな火の手が上がり、ベイクが視界から消えた。


 天井まで届くかと思われる爆発が、熱い空気を男自身近くにまで押し寄せ、周りの木や紙といった燃焼物に燃え移ると、開けた視界からベイクが飛び出した。


 彼は部屋の外に退避した後、また再び飛び込んで来たのだ。


 ベイクが飛び付きながら、振りかざしたナタの刃は白衣の男の胴を斜めに首から腹まで切り裂いた。男は机の向こうに椅子を引っ掛けながら倒れ込み、ベイクはバランスを崩しながら机の上に倒れ込んだ。


 体のあちこちを火傷して痛みが走るが、それほど重大ではなかった。それより部屋が少しづつ燃えていて、消えずに火事になりそうだった。


 争っている最中は気づかなかったがあちこち打撲している。ベイクは足を引きずりながら、下に向かう事にした。


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