第13話 狼藉

 案内されて初めて知ったが、ミミズクが研究所の外まで逃げて来た方法というのが、意外にも地中からであっただったらしい。彼はこっそり研究所の床を掘り、そこを塞いで穴を掘り進め、隠れ家にしている森林から1キロの所に辿り着いたのだと言った。


 ベイクとハザンは、ミミズクに案内されるがままに、森に馬は置き去りにしたまま、歩いてそこまでやって来た。その穴の入り口は塞いで隠していたが、ミミズクはこの穴を使うようにと開けてくれた。


 2人が穴に入ろうとすると、後ろからミミズクが言う。

 「私にガイド出来るのはここまで」


「ああ。すまない、ありがとう」ベイクが礼を述べた。


 「早く戻ってくれ」ハザンも彼を気遣った。


 「すまん。よろしく頼む。無理はするな」ミミズクは軽く会釈すると、早々と飛び去った。


 きっと彼自身にも拭えぬトラウマと自己嫌悪があるのだろう。それと戦っているかも知れない。


 「彼らはどれくらい苦しみ続けるのだろうか」ハザンは洞穴の中で、蝋燭に火を付けながら言った。大人が1人、少し屈んで進めるくらいの幅と高さだった。


 「例え太后が死んでも気持ちは晴れないかも知れない。植え付けられた心の傷は消えん。しかし、俺たちがやり遂げられたら幾分楽にはなるはず」ベイクはそう言いながらブーツを脱いだ。


 「なぜ、ブーツを脱ぐ?」ハザンは目が点になった。


 「感じるままに、だよ。行こう」


ミミズクの話だと、研究所までは2キロ位の道のりとの事だった。穴の中は意外と乾いていて、油断すればすぐに砂煙が起きる。2人はあまり足を擦らないように慎重に進んだ。


 しばらく歩くと、頭上から話し声や足音が、薄い地面越しに聞こえた。どうやら研究所の真下に入ったみたいだ。


 「どうする」ハザンは一応小声でベイクに話しかけた。


 「決まってるだろ」ベイクは親指を立てて見せた。


 「たった2人でか?」


「牽制してやろう。相手がどう出るか見てみたい」ベイクは強気な口調で言った。


 行き止まりに着いたので、ベイクは真上に手を伸ばし、出口がないか地面の裏側をまさぐる。すると硬い床に指が触って、押すとそれが少し持ち上がるのに気付いた。


 そっと床を持ち上げて、覗く。足が3対見えた。


 次の瞬間、ベイクは床蓋を真横に放り投げ、飛び上がって研究所内に躍り出た。ハザンはあまりに突然の事だったので、一瞬身が強張りそうになったが、自分も負けじと飛び上がった。


 ハザンが見るとすでに、ベイクはナタを振りかざして、武装した人型の見張りの胴に叩きつけようという所だった。


 ナタは見張りの鉄の胸当てをかち割り、肉にめり込む。見張りは何も言う事が出来ず、その場に倒れた。見張りは鉄の胸当てはしていたが、あとは布の服と靴を履いているだけの最低限の武装だった。顔はやはりあの猿と人に似た化け物に近い顔をしている。しかし、今までベイクが対峙してきた奴らとは少し違うみたいだった。


 改めてハザンが研究所の部屋を見渡すと、顔が浅黒い、人に近い種族の男が2人、怯えてこちらを見ている。彼らは顔が痣だらけで、身につけている服はどちらかと言うと破れて汚れた布きれに近かった。


 彼らが立つその側には実験台らしき物があり、焼け焦げた何かの死体が置いてあった。


 隣の机にはメモ用紙や筆記用具が置かれていて、今まさにそこで実験が行われていたらしかった。


 「俺達は敵じゃない。いいな?」ベイクが怯える研究員らしき2人をなだめる。2人は無言でうなずく。どちらかというと驚きがずっと続いていて、どうしたら良いか分からないみたいだ。「俺達が騒ぎを起こすから、隙があったら他の研究員を誘導して外に出るんだ。外で待て。危険そうなら中に戻って隠れていろ。俺達が後で指示を出しに戻ってくるから」


 研究員の2人はまた黙って頷いた。


 「ベイク」部屋を出る前にハザンが呼び止めた。「見張りと研究員どうやって見分けるんだ?」


「向かって来たら敵だ。逃げる奴も...敵の場合もあるな。行くぞ」


ハザンは頭をかいた。まあいい。


 ドアの外は廊下だった。すでにベイクは出て右側の見張りの頭をナタで強襲していたが、ハザンが見ると左側から見張りが走って来ていた。


 ハザンは指の間に挟んだ、釘の様な形をした投げ矢を、横投げで力一杯投げつけた。


 矢は見張りの額に突き刺さり、頭蓋骨を貫通して、脳の動きを停止させた。


 やはり見張りは同じような猿に近い顔をしていた。


 「やはりこの猿人間は量産されているのか」ハザンが言った。「どいつも確かに同じ顔してやがる」


「人工生命も知能に個体差があるのかもな。中から選んで、言う事を聞きそうな奴を施設内で使っているかも知れない」そう言いながらも、ベイクはずかずか扉を開けて入って行く。ハザンは一瞬迷ったが、ベイクと逆方向へ行く事にした。


 ベイクがたどり着いたのは、部屋になった巨大冷凍庫がある部屋だった。なぜ分かったかというと、手入れがされていないためか、ドアの周りにたくさんの霜がこびり付いていたからだ。しかし中は開けてみる気がしなかった。ベイクは物陰に隠れ、騒ぎを聞きつけて来た見張りの頭を叩き割った。


 机の中を見てみたが、何も目ぼしい物はなかった。


 隣の薬品室の棚には、瓶詰めの、色々な記号が書かれた薬品があった。しかし何が書かれているか分からないので、一応ナタで一振りして瓶を全て割った。


 するとベイクが入って来た扉を開けて、見張りが3人現れた。しかし今度は蛇の様な爬虫類の顔をした3人組で、装備品は他の奴らと一緒だったのだが、手には短い刀剣を持っていた。ベイクは1つしか扉のない薬品室で追い詰められる形になった。


 蛇頭の見張りが近づいて来る。ベイクは薬品室から出ず、扉の内側で待ち受けた。そして1人ずつ扉を潜って来た瞬間、見張りの振りかざす刀剣を、ナタで叩き割り、そのまま素早く首を斬りつけた。薬品室に見張りの血飛沫が巻き散った。2匹目も同じく床に沈ませたが、3匹目は慎重でどうやら応援を呼ぼうと走り去って行ったらしい。


 返り血で顔も手もずぶ濡れになった。ベイクはその辺にあった布で顔を拭った。


 それにしても研究所とは名ばかりで、床も壁も木造の、衛生面の悪そうな部屋ばかり。冷凍庫も霜が完全に凍りついていて、果たして開くのかと、ベイクは疑問に思った。


 研究所内が随分騒がしくなってきた。大分騒ぎが広がってきたみたいだった。それが目論みだった。ベイクが再び廊下に出ると、また蛇頭の見張りが3匹出て来た。


 ベイクは素早く相手に向かって走り、前にいた見張りの首を掴み、相手が刀剣を振るう前にナタで首筋をかき切る。首を持ったまま返り血を後列の2人に浴びせながら、盾にして2人に近づいて行き、ナタで切り倒した。


 もはや見た目も修羅と化したベイクはドアを蹴り壊して進む。しかし、先ほどから研究員が見えない。ハザンが上手く誘導していてくれたらと思っていると、棚の影に隠れていた見張りに一太刀浴びそうになる。胴を引いたために胴当てが裂けて、少し血が出る程度で済んだ。


 ベイクはすかさずナタで、肩から心臓を叩き切る。見張りは痙攣して倒れ込んだ。


 次にたどり着いたのは書類室だった。分からない文字で書かれた膨大な記録は、2メートル幅と高さの本棚一面に敷き詰められていた。ベイクはそれを引きずり出し、ナタでズタズタに切り裂いた。


 その隣の部屋には怯えた研究員が3人いたので、説明して外に出ているように促した。彼らは生きた鼠を使った実験をしていたようだった。こいつらも逃してやろう。


 喉が乾いてきたな、とベイクは思ったが、荷物は馬ごと森林の木に繋いで置いて来てしまった。


 「ベイク」ハザンが向こうの部屋から出てくる。彼の武器は飛び道具なので、返り血1つ付いていなかった。


 「おい、大丈夫か」


「ああ。しかしかなりの研究員が外に出たぞ。それよりお前大丈夫か?」ハザンは血みどろのベイクに少し驚いていた。


 「ほとんど俺の血じゃない。大丈夫だ」


 「これを使えよ」ハザンが差し出した布で、ベイクは顔や体を拭った。先ほど刀剣で斬りつけられて、バンドが外れかけた胴当てを外してその場に投げ捨てた。


 突然、ハザンの後ろで何かが唸る声がした。ベイクにはそれが、階段から降りて来たのが見えた。


 「なんだ」ハザンが振り向く。


 「豹だ」


廊下の向こうを、模様が反転した豹が歩いて来る。黒い毛に黄色い斑点が浮かんだ豹。目が真っ赤で、威嚇する牙の間から忙しげに涎を垂れ流し、こちらを標的として見定めているらしかった。


 「狭いな。ここでは」ハザンは額に汗を浮かせる。


 「隙を作ってくれ」ベイクはそう言うと、ナタを片手に、豹に向かって走って行く。


「す、隙って...」


 豹は唸ると、走ってこちらに向かって来た。そして走って向かって来るベイクに飛びつこうとジャンプした。


 その瞬間ベイクは身を仰向けに倒して、足から地面に滑り込んだ。豹が真上で跳躍を止め、ベイクにのしかかろうと真下を向いた。


 ベイクの期待通り、ハザンの投げ矢が、空中で動きを止めた豹の目や鼻に刺さり、豹は悲鳴に似た叫び声を上げて、空中でバランスを崩した。


 地面のベイクは足の間から手を出して距離を稼ぎ、真上にナタを振り上げて、豹の腹を切り上げた。豹はそのままバランスを崩して倒れ込み、床で悲鳴を上げて身悶える。ベイクはすでに立ち上がっていて、豹にとどめの一撃を叩き込んだ。


 「ベイク大丈夫か?」ハザンが駆け寄る。


 「ああ。全然平気だ」


「あんた戦い方が無茶だ」ハザンはベイクの戦い方が、素人には見えなかったが、何というか、捨て身に見えた。


 「そうか?まだ今日は上品な方だ」


ハザンは、彼が今までどんな経歴で、どんな酷い戦場を渡り歩いて来たのかと、想像を膨らませざる得なかった。まるで彼は冷静な野獣だ。


 「2階はまだだな?」


「あ、ああ」ハザンは答えた。

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