第12話 ミミズクの話
げほっ。
「いてて」
咳とともに砂と土煙が口から出て、喉にへばりついた土に嗚咽がした。ベイクとハザンは口の異物感がなくなるまで唾を吐き続けて、鼻から息を吹いた。
「ここは」2人の瞳孔が次第に辺りの暗闇に慣れて行く。そこは薄暗い閉ざされた空間の中だった。完全に外部からの光が遮断されているわけではなく、ほのかに何らかの広い空間にいるのが分かる。
空気はじめじめしていて、生暖かい。
体には落下した衝撃が残り、あまり受け身が取れなかったため、痛みが収まるまで時間がかかった。落ちた砂の柔らかさと、痛みから考えて2、3メートル程落下しただろうか。
ベイクは落ち着いてみると、何やら視線を感じる事に気付いた。最初はその2つの物体が、光を反射した石か何かだと思ったのだが、よく見てみると、それは現れたり消えたりした。
やがて2人ともそれが何かの目である事に気づいた。しかしそれまでにかなりの時間を要していた。
それに気づいた途端ベイクとハザンは金縛りにでもあったかのように固まった。
1メートルの間隔にある目は、まるで2人をうかがうように見ていた。しかし、それほど敵意があるようにも見えなかった。目が慣れて来ると、その屈んだ大人ほどの物体は、彼らの位置からほんの2メートル先にいるという事がわかった。
しばしの沈黙。膠着状態だった。
「蛙のオヤジが宜しくだと」不意に、ベイクが声をかけてみる。
目が素早く現れたり消えたりし始めた。どうやら面食らって、心が乱されて瞬きを繰り返しているようだ。
「なぜ、知っている」それは唸るようなしわがれた声を発し、空間に小さく木霊した。
「さっきその蛙に会って話をしたからさ。そうでなかったら、ここに来て、あんたにこんな話するわけないだろ」ハザンが続ける。
「確かに」目が消えた。現れなくなった。どうやら薄らと見えたのは、それが踵を返して振り向いたらしい事だ。「失礼した。明かりをつけよう」
急に壁際でランタンが灯る。それを爪の様なものが掴んで、それ自身とベイク達の正面へ運んだ。
その目の持ち主の正体は実に大きなミミズクで、平たい頭には髪の毛のように逆立つ羽毛が生えており、今にも溢れ落ちそうな大きな目、それに相対するようなつぶらなクチバシ、それに胸にははちきれんばかりに盛り上がった羽毛が胸を張り上げるように蓄えられていた。その左右には灰色の翼が折り畳まれており、全体的に老練で落ち着いた雰囲気を醸し出していた。そしてベイクとハザンに臆するところがない。
ベイクは改めて話をしようと、ランタンの前にあぐらをかいて座り直した。ハザンはその斜め後ろで膝を着いて屈みこんだ。
「俺はベイク、彼はハザンだ」ベイクは自己紹介した。
「私は...私は番号で呼ばれていたから、名はないな。長らく呼ばれていないから昔の名前は忘れた。ここに来たのは随分前だったからな」ミミズクは少し寂しそうに言った。
「あなたも研究所から逃げ出して来たのか?」
「そう。逃げて来た。耐えがたい実験をやらされていた。あれ以上は限界で、あそこにはいられなかった」
「具体的にどういう事をさせられていたんだ?」ベイクが訊いた。
「私は」ミミズクは非常に言い出しにくそうだった。「私は治癒術が使えたので肉体組織の作り、組織作りについての研究をさせられていた。どうやって生物の肉体が治癒するかを、実際に生物実験をして記録していた。耐え難かったのは、その、亡き者を使った実験だった。奴らはどこからか死体を運んできて...その為に争いをしてもいたと思うが...それがなければその場で調達する事もあった」
2人は途中で口を挟まなかった。かける言葉が見つからなかったのもある。
「あなたは拉致されて、ここへは来たのか?」ベイクが少し話題を変えた。
「そうだ」
「同胞を殺されたのか?」
「いや、私は1人でいるところを次元の歪みから無理矢理連れてこられた」
2人が見渡すと、何やら獣の物らしい骨が左右の壁際に散らばっていた。その視線を察して、ミミズクが言う。
「わしはあんた方の同胞は食った事はないぞ。わしがあの穴から引き入れるのは腹が減った時だけだ。わしは人は食べん。第一、ここに逃げ込んでからあんたらが来るまで、誰も来た事がない。今日は間違えたが」ミミズクは少し必死に弁明した。
2人は笑ってたしなめた。
「その研究所で、次元の歪みについての噂やその研究について聞いた事とかはなかったのか?」
「その次元の歪みについての研究は、太后の次男のギラトの担当だから、よくは分からない。彼は得体の知れない錬金術に長けているという事は聞いた事がある。たまに、ごくたまに訳の分からない装置の部品を持って研究所をうろついているのを見た事はあるが。生物実験については長兄のテスがとり行っていて、我々もその指示に従っていた。恐ろしい末期的な使用方法での治癒術や人工生物について調べていたらしい。奴らはみんな頭のネジが飛んでしまっているんだ。残虐な事ばかり考えていた」
「末の娘のモラレバの噂は?」
「鬼さ」
「鬼?」
「戦鬼さ。術はからっきし駄目だが、戦に1番におもむくらしい。彼女の顔を見た事がないが、噂によるとゴリラみたいな女で、平然と残虐な拷問をしてみせるらしい。次元の歪みから出かけて行って、悪事を働く実行犯はモラレバだという」
べイクは剃り上げた頭をひと撫でした。なるほど、ひょっとしてルーザの谷を襲ったのはモラレバなのか。
ミミズクは話し終えると、目を細めてひどく疲れた素振りを見せた。恐らくこれだけ誰かと喋るのが久しぶりなのだろう。
「あんた、太后が死ぬまで、ここで隠れておれるかい?」ベイクは準備をしようと立ち上がった。
「へ?」ミミズクは慌てて、首を一回転させてしまった。
「そうさ。俺達が奴らをとっちめるまでな」ハザンが力強く続ける。ベイクには彼の言い方に迷いが見えないように感じた。
「それは無茶だ。それより大きな船でも作ってみんなで逃げた方がいい。あいつらには関わるな」ミミズクは興奮して羽をバタつかせる。砂煙が立って、2人が咽せたので慌てて止めた。
「そんな事しても、またどこかで誰かが被害にあうんだぜ」ハザンも立ち上がる。
「そうだが...ならばあの恐ろしい研究所を見てからでも、まだ計画は立て直せるだろう。1度見てみるがいい」
「あんたそこまで案内出来るかい?」
「うむむ」ミミズクは少し身震いがする。「仕方ないな。あんたらはいい奴らみたいだから。犬死させるわけにはいかん」
「ありがとう」ハザンは頭を下げた。
「でも私に分かるのは32の内、1つの研究所だけだからな」
「32」ベイクとハザンは口を揃えて言った。
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