第11話 底なし原っぱ

 かれこれ30分は馬を走らせただろうか。途中、朽ち果てた荷馬車があり、人型と馬の白骨遺体に出会しただけで、2人は化け物に遭遇する事はなかった。荒野の真ん中にこじんまりとした緑が見えはじめた。


 「あそこか」ベイクが言った。


 「ああ。しかし、誰かいると思うと、警戒せざるを得ないな。どんなやつが潜んでいて、どこから何が出て来るか。攻撃されたら」


 「ハザンはあそこに行った事はないのか?」


「ああ。通りかかるだけだ。みんな知ってはいるが、用がないから立ち寄らないだろうよ。何がいるかなんか分かったものではないしな」


先ほどの小屋と同じく距離を置いて立ち止まる。周囲を回ってうかがうには少し広い森林だった。


 2人は木に馬を結え付けて、恐る恐る中に入って行く。森林の中は灌木や背の高い雑草、木々で所狭しと覆われており、それらを手でかき分けながら進まないといけないくらいだった。中には刺の生えた蔦や、見るからに毒を持っていそうな花も生成していて、ベイクはナタで切り開いて進む。


 「何もなさそうだな」ハザンが言う。


 「うむ。何というか、ここには野鳥1匹いないのか。静かな森だ」


 「なあ、ベイク。さっき言っていた、世界が繋がっているって話だが」


「ああ」ベイクは草刈りを一休みしていた。「太后達は何かの目的の為に、色々な大陸に出向いては術師を集めてさらって来ているのではないだろうか」


 「次元移動でか?」


「次元の歪みを発生させるのはかなりの技術が要る。時間とコストも。虐殺同然で術師狩りをやり回っているんだろう。ここに来てずっとこの世界について考えていた。俺たちの来た世界とそれほど変わりがないって事を思った。色々な種族の者達がいて、物を食べて生活する。夜は寝る。なんら変わりがないんだ」


「確かにな」ハザンがそう言った時、すでにベイクの顔が心なしか、自分の目線とは上にある事に気付いた。


 「ハザン」ベイクはハザンに腕を差し出す。「手を伸ばせ。腕に掴まれ」ハザンは腕を出さない。


 「まずい。離れろ。底なし沼だ」ハザンの足元の地面が信じられないくらいに乳化していて、雑草を巻き込んでめくれて行く。それはまるで沼と言うより地面がそのまま柔らかくなっていっているようだった。


 ベイクは身を乗り出し、無理矢理ハザンの腕を掴んだ。しかし、どれだけベイクが力を入れても一向に沈下が止まる気配がない。まるで抗えない力がかかっているようだ。


 「バカやろう」ハザンは柄にもなく声を荒げた。「手を離せ。道連れになるぞ」すでにハザンは首まで沈んでいた。


 「くそ」ハザンの顔が土の中に消えて行く。ベイクの腕も地面に入り始めた。


 ベイクは抵抗も出来ずに引きずられるままに顔から地面にめり込んでいった。




 ラペの戦士長カーは、久しぶりに工房の鍵を開けられるのを喜んでいた。


 「助かるよ。最近、武具を手入れしてくれているおやっさんが歳で亡くなってなあ。1625歳の大往生だったんだが、それからみんなろくに手入れされていない物ばっかり使っててな。故障ばかりだ」カー団長はヘカーテの肩をバシバシ叩くと、満足気に笑った。


 「手入れしがいがあるよ」ヘカーテは山の様に置かれた、錆び付いていたり、欠けたりした剣や槍、斧、弓矢それに防具を前にして言った。彼はこれ程ボロボロになるまで使い込まれた武具を見るのは初めてかも知れなかった。

 剣などほとんど刃が溢れていて、研ぎ方も滅茶苦茶で曲がっているし、槍は本来の長さが残っている物は1つもなかった。弓など後から乱暴に切れたツルを結んでいるし、鎖帷子のリングはでたらめに繋ぎ直しているから、その性能は半分程度になっている。


 かつての王宮に勤めていた頃のヘカーテなら、自分の親父よろしく、こんな乱暴な使い方をしてなどと文句を垂れていただろう。こんな仕事はしたくないと誰かにやらせていたかも知れない。かつての自分は職人面していて、誇り高い王宮鍛治だと高を括っていた。


 しかし今は違った。その錆びた鉄の山を見て嬉しく感じていたのだ。彼は、埃まみれの、カーの言うおやっさんがかつて使っていた工房で、工具箱を次々物色しながら、作業を始めた。これから火を起こさないといけないし、足りない工具は自分で作らないと手に入らない。その不自由を、今はなぜか楽しんでさえいた。


 

 カー団長の呼びかけにより、城塞都市ラペの戦士達の詰所には、街中に住む術師達がみんな集まった。その数は10人で、種族も様々。よって、来た場所、境遇も様々で使える術もバラバラだった。


 ルーザは皆の前に立ち、1人ずつ腕前を見たが、どれもあまり有事に実戦で使えそうな物が見当たらなかった。


 彼女はカー団長に言われた通り、基礎的な治療術を彼らに教える事にした。と言っても彼女もあまり自信がなく、殺菌や止血を執り行う方法をみんなで一緒に学び始めた。


 

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