第9話 一息
その夜、いつものように城砦都市の酒場は賑わっていた。城砦都市での窮屈な生活にあまりたくさんの娯楽はなく、雑多な種族達が集まってどんちゃん騒ぎをする。みんなそれぞれ嗜好品や食物は違うのだが、酒だけが共通言語だった。
酒の原料は見たこともない果実で、赤くて丸い実だった。それを発酵させて造られていて、その原料はまた違う街から買うのだそうだ。
こういった街がいくつかあり、輸送し合って物々交換して生活する。どこの街にも戦士達がいて、その輸送の護衛をする。商人と戦士、どちらの位が高いとかがあまりないのが、我々の世界との違いだ、とベイクは思った。
「太后とやらについて教えてくれよ」
ベイクは馴染みのない酒に酔えず、騒ぎ立てるみんなとも馴染めないので、静かに座るハザンの所に行った。
酒場の簡易的なステージではカー団長や戦士、街人達が目も当てられないくらいに酔って騒ぎ立てている。ヘカーテもそれに参加していたが、酔い潰れて床に転がっていた。
ルーザの姿は見えない。この雰囲気に馴染めず、早々に逃げて行ったらしい。
「誰も思いもしなかった事だよ」ハザンは頬杖をついて、空になった食事の皿を見つめる。「太后をやっつけるなんてな」
「どんな奴なんだ」ベイクは水を飲んでいたが、これもあまり綺麗なものではないらしい。砂の味がした。
「奴の事は誰にも分からん。実際に見た者はおらず謎に包まれている。ただどこかの居城にいて、化け物を配下にしているくらいしか」
「太后と言うからには、王がいたのか?」ベイクは食い下がる。
「俺も何も分からんのだよ。分かる奴はいないと思う。その元凶が太后なのかも分からん。俺達が誰かに統治されていたっていうわけではないんだ。そう呼ばれているだけさ。噂程度だが、その下に何人かの腹心がいて、その下にあの化け物どもがいるらしいが」ハザンは寂しい目をして、騒ぐ群衆を見つめていた。
「あんたはなんであの集落で暮らしているんだ?」ベイクは、矢を打たれた光景を思い出す。寂しい荒野に建つドアのない家。「なぜ街に住まないんだ?」
「あそこは街から街への中継地点であり、何もないこの辺では重要な目印なのさ。見て、誰がが襲われていれば助けに行くし、煙で位置を知らせるサインにもなる。交易をするのに必要なんだ」ハザンが言った。
「なるほど。ガイドや救助をしているんだな」
「そうさ。リスクは高い。でも必要、だと信じてやってる」
「どうしたどうした。陰気な雰囲気じゃないか」後ろから出来上がったカー団長が、ベイクを押し除けて椅子に転がり込んで来た。
「あんたらも難儀な生活をしているんだな」ベイクは酔っ払いのペースに巻き込まれまいと話した。
「そうか?よく分からん。ワシは生まれも育ちもここなもんでな」カーは広い額に反比例して長い、後ろ髪と髭を揺らして笑う。よく見ると歯があまりなかった。「でもな」カー団長が続ける。「わしはこのベイクさんの言う事に賛成だよ」
カーがベイクの肩をバシバシ叩いた。
「な、何」ハザンはカー団長を見やる。
「わしもこの街で生まれてずっと、何100年も街のために戦って来た。知り合いもたくさん死んだし、自分も何回も怪我してきた。でもな、もう歳だし、飽き飽きなんじゃ。最後に死んでもいいから、あの際限なく湧いてくる化け物をどうにかしてやりたいと思うわい。誰でもな」そう言うと、カーはベイクに目一杯顔を近づけて歯に噛んだ。
「そんな戦いをして、俺達みたいな戦士がいなくなったら、みんな死んでしまうんだぞ」ハザンは少し声を荒げた。
「どちみち、どんどん人口は減っておるわい。実際滅んだ街もある。このままだったらみんな死んで終わりじゃ」
「何」ハザンは立ち上がった。
「かたいんじゃ」カー団長は立ち上がらない。「死ぬのを待っとるのは嫌じゃな。化け物は無限に湧いてくる。打って出んと」
騒いでいた者達はこちらを見てはいたが、静まり返る事はなかった。しばらくしてまた騒ぎだした。2人の喧嘩はよくある事みたいだった。
気まずい沈黙が続くが、2人とも譲る気配はない。
ベイクは静かに口を開いた。
「あの生物は自然発生しているのではないと思う」
2人はきっかけを探しており、ベイクの方を向いて、耳を傾ける。
「見ていたが、あの化け物達に生物たらしめる個体差が見当たらないんだ。みんな同じような顔をしていて、背丈も同じくらい。不自然に似ているんだ。恐らくあいつらは人工的に生み出されているんじゃないかと思うんだが」
「あの不可思議な力でか?ルーザという娘が使ったような」ハザンが言った。
「あんなのよりももっと邪悪な方法さ」
「邪悪な...」
「この街で術を使える者はいるのか?」ベイクが訊いた。
「何人かはおるよ。昔はたくさんいたが、みんな戦で死んでいった」カーが言った。
「化け物を生み出す根源を叩けば状況は変わるはずだ。俺はそれを探って潰すつもりだ。その為にこの世界に来た」ベイクの言葉に、2人は思いを巡らせざる得なかった。不安と希望。
ルーザは何故か、カー団長の家に半ば強引に招待されていた。
共同の水浴び場で体を清めると、カーの共同住宅の自宅で、カーの母親、妻、それに娘4人に囲まれて食事をご馳走された。献立は豆のスープと穀物を固めて焼いた物。
そんなに沢山の女に囲まれた経験が無かったため、最初は戸惑ったが、次第に家族の喧騒が楽しく感じ始め、何でもない事で笑っては皆の視線を浴びた。
食後、4人の幼い娘達は、ルーザの綺麗な金髪に興味を持ち、結える遊びを始めた。母親が止めに入ると、自分達のうねった黒い髪の毛を櫛でときあって、結え合う。
「あんた家族は?」カー団長の妻が横に座って、娘が遊ぶ姿を眺めるルーザに話しかけた。
「昔、みんな死にました」
「全員?」
「正確には死んだかも分かりません。いなくなりました」ルーザは答えた。
「あら、私と一緒だわね」カーの妻はあっけらかんと答えた。
「え」ルーザは意外な答えに、正直に驚くしかなかった。
「長らく1人だったのねえ」
「分かるんですか」
「私も、周りには助けてくれる人はいたけど、気持ちは1人ぼっちだったわ。でもね、いつからか、心は開けてくるの。開かない心はないのよ。絶対ね」
「開いていないか、どうかも分かりません」ルーザは困惑してしまった。感じた事がない事は分からないのだ。
「少しづつ分かる様になるわよ。気付いたら後ろに自分がいるわ。それまでゆっくりするがいいわよ」
ルーザは、昨日までの自分を見つめていた。少しずつ、自分は変わっているのだろうか。
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