第8話 城砦都市にて

 城砦都市ラペは高い城壁もさることながら、背の高い三角屋根の建物が並び、人々が寄り添って暮らしているといった感じだった。暮らす種族は雑多で、人に近い種属もいれば、獣人もいた。


 3人は見慣れないその光景と雰囲気に、ただ飲まれるばかりで、やたら周りをジロジロ見ては、猪に似た顔をした獣人に睨まれたりもした。


 建物の3階部分が増築されている現場があったり、行商と商店の店主が怒鳴り合っていたりと、広野の光景とは打って変わって活気に溢れていた。


 3人は促されるままに茶屋に入ると、初めて男の姿をまじまじと見た。


 髪は肩くらいで金髪、白い肌に灰色の目、服は皮製の胴当てとブーツを身につけており、腰には短い刀剣を携えていた。ベイクとヘカーテは、隣同士に座った男とルーザを交互に見る。


 「あんた、アーラ族か?」ヘカーテが言った。


 「アーラ?わからん」男は腕組みをして、3人に興味を示しながらも、警戒している様子で言う。


「あんたらはどこから来た?」男が訊いた。


 今度は3人が黙り込む。


 「警戒しているな。分かっている。あちらの世界から来たんじゃないのか」男は少し微笑んで言う。


 「なぜ分かったの?」ルーザは彼は話がわかる優しい者であるような気がした。


 「みんな同じさ。あちらからやむなくやって来て、寄り添って生きてる。そういった者の子孫もいる。みんな、この世界に迷い込んだり、引きずり込まれたり。この街の者達もさっきの俺たちの集落も、住む者は一緒さ」


「さっきの集落?」ヘカーテとルーザは顔を見合わす。


 ベイクはやって来た冷たい茶を飲んだ。


「そうさ。彼はさっき威嚇射撃をして我々を追い払い、かと思えばその家から尾行して付いて来た。理由を聞こう」


男は口籠る。「さっきの仲間が、あんたが俺に似ていると言ったからさ。俺もそう思う」

男はルーザを見やる。「俺は子供の頃、物心がついた時からここに住んでいた。しかし、この世界には俺が生まれた場所がない。そんな奴がたくさんいるんだ。あんた、ひょっとして、同胞なんじゃないか、そう思って訊きに来たんだ」


「その可能性はあると思うわ」ルーザが言った。

「私の一族はみんなこの世界に消えて行ったから。その末裔が居てもおかしくないわ」


「そうか」男はうつむいて感慨深げだった。


 「この街や、あんたの集落は何と戦っているんだい?何から身を守っているんだ?」ベイクは茶屋を見渡しながら言う。


 店主はカウンターの向こうでお皿を磨いている。顔がねずみに近い獣人だった。あちらのテーブルでは大きなバッタみたいな顔が2匹、ストローでお茶を楽しんでいた。


 「あんたらが途中とっちめた、あの知能がない化け物さ。恐らく、外の世界に出ようと、あんたらを巻き込んだのもあいつら」


「 " 欲深き者達" ...」ルーザは呟いた。


 「そう呼ぶのか?ふむ。あいつらはあるろくでなしによって統治された邪悪なる者達。それに抗って生きているのが我々のような者達ってわけさ」


「この世界でも対立や争いがあるのか」ベイクは闇の世界が邪悪で溢れ返っていると考えていたため、驚きを隠せなかった。


 「もちろんあるさ。どこの世界にも対立はあるだろう。あの化け物が共通の敵でなければ、我々だって争うかも知れない」男は冷たい茶をすすった。


 「俺たちは彼女の同胞をこの世界に引きずり込んだ奴らを倒しに来た。仇討ちにやって来たのだ」ベイクが真顔でそう言うと、男は少し吹き出した様だった。


 「何がおかしい?君たちもみんな被害者なんじゃないのか?」ヘカーテが訊いた。


「確かに」男は続けた。「ある意味みんな被害者さ。ここにやって来ざる得なかった者、ここで生まれた者、ここが好きな者、嫌いな者。みんなあいつのせいだ。しかしあいつがどうにかなるなんて、誰も思ってなんかいない」


「あいつ?」ルーザは訊いた。


 「太后さ」


 突然、街に鐘の音が鳴る。どこから鳴らされているのか分からないが、街中どこの建物の中にいても聞こえるかというほどに大きく、皆が一斉に騒つき始めた。


 「敵襲さ。鐘が5回鳴る」男は座ったまま静かに諭した。


 「戦争が始まるのか?」ヘカーテは立ち上がった。


 「そうだ」男はグラスを飲み干し、空にした。「見に行ってみるかい。すごい人だから見れるか分からないが」

4人は立ち上がり、茶屋を出た。


 辺りは熱気と興奮と怒号と緊張に満ちていた。武装した様々な種族の戦士達が脇を擦り抜けて走って行く。城壁を見上げれば、弓矢を携えて走り回る戦士達。


 正門には武装した者達が集まり、前で眼帯をした、独眼の人間に近い種族の者が点呼を取って指示をしていた。


 「おーう。ハザン」その独眼の隊長はこちらに向かって手を挙げる。男もそれに答えた。

 我々を街に入れてくれたハザンと呼ばれた男が隊長に近づいていくので、3人もそれについて行く。目の前で隊列を組む男達は、繁々と4人を見ていた。


 「今日は大勢だな。1人が好きなお前には珍しい。お嬢さんまで」独眼の隊長は声が人より大きく、皆がルーザを見やった。


 「大切な友人さ」ハザンの意外な言葉に、ベイク達は彼を見やる。「今日はカー団長の戦ぶりを見たくて来たのさ」


「ぶははははは」カーと呼ばれた独眼隊長は豪快に唾を飛ばしながら笑うと、それにまんまと乗せられて、遅い団員を怒鳴り散らした。

 「今日はあんまりだなあ。もうじき...」


突然、カー団長の真後ろの錆びた大扉が向こうから叩きつけられた。どうやら何か大きなものが体当たりしているらしく、鈍い衝突音がした。


 「今日はわしが出る幕はなさそうだ。ふむ。上で見るかね」この豪快なカー団長は轟音が鳴り止まぬ扉には見向きもせず、さっさと城壁の上へ続く階段の塔を登り始めた。


 城壁の上はかなり高く感じ、風が強かった。ルーザは髪を束ね直す。


 荒野一帯が見渡せ、地平線まで見えた。真下を見ると、見たこともない巨大な黒い水牛の様なものが10頭程群がっていて、街の中に入り込んでやろうとしているのか、大扉や城壁に頭突きをしている。

 その少し後ろから、ベイクが撃退したのと同じ種類の、灰色の猿人間も数体ずつ、3グループ集まって来ていた。


 「我々とあいつらの違いは、あいつらは太后の言う事を聞く、知能のない攻撃者って事だ。俺達を捕食対象としか思っていない。我々は身を守る為に戦っているんだ」ハザンは3人に言った。


 「もしかして、あんたら外から来たのか」城砦に構える弓兵達と打ち合わせを終えたカーが、帰って来て言った。


 「ああ。あいつらをぶちのめしに来た」ベイクが言った。


 「あいつらはなあ、いくらぶちのめしても無駄なんだ。俺だって全員ぶちのめそうとしたさ。でもな、ぶちのめせばぶちのめすほど湧いてくるんだ」カーはそう言うとまた戦士達に声を荒げて指示した。

 「ん。何がおかしい。お嬢さんまで。がはは」


「あんたら、名前は?」ハザンが3人に訊いた。3人は自己紹介した。


 「なかなか腕が立ちそうだ。俺たちと戦ってくれたらなあ。ハザンみたいに外で暮らさんと。な?」団長はハザンに肩を回して言う。


 「あんたがいたら俺のする事がないだろう。俺は自分の使命を全うしているだけだ」ハザンが言い返す。


 「確かにな。がはは」


 城壁の係が2人がかりで、合図で鎖を引くと、大扉が耳を突く音を立てて開き、すぐにまた閉じた。


 城壁内で怒号と獣のいななく声。見ると2頭水牛の化け物を扉から引き入れ、広場に集まった戦士達が必死に退治しているらしかった。

 しばらくして、怪我人が何人か出ただけで2匹は無事仕留めたらしかった。


 左右で兵士達が弓矢を放ち始めた。あの猿の化け物に向かって放っていて、半分くらいが命中していた。いくつかの黒い影が倒れて動かなくなっていく。


 ヘカーテとルーザは戦士達の戦いぶりを感心して見ていた。


 「なあ」ベイクはカー団長とハザンに聞こえるように喋りだす。「俺はな、あの化け物どもをやっつけたい。その為に来たんだ。そして帰る。みんな平和に暮らす。あっちとこっちを、何の気兼ねなく繋げて、行き来出来るようにする。どうだい?」


 カー団長の陽気な笑みが消えた。ハザンの鼻につく態度も消えた。


 何故かそういう雰囲気になった。

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