第7話 達人と達人
3人が近づいてみると、どうやら煙は煙突から上がっているらしく、そこら一帯は集落になっているようだった。家が10軒ほど立ち並んでいるが、どれも簡単な木造の家で、それらは我々人間のそれとは、全く異なる建築方法で建てられた、奇妙な住居だった。
集落と言っても生活を彩るような木や灌木、仕切りの柵などはなく、硬い砂地の荒野に固まって家が建っているに過ぎない。
近づくと、酷い匂いが3人の鼻をついた。誰しもが嫌がる様な、脳を刺す匂い。まるで有害な物を暖炉で焼いてでもいるようだった。
恐る恐るヘカーテとルーザは屈みながら近づいていたが、ベイクは平然と仁王立ちで歩み寄って行った。まるで何も怖がらず、見られる事も厭わない様子で。
「安全が確認できたら呼ぶから、ここにいろ」ベイクは振り返って2人に言うと、ナタには手もかけずに、姿勢正しく歩いて家の方へ歩いて行った。
ベイクはブーツを脱いでいた。裸足は彼の戦闘時の癖で、術破りを行う際に、つぶさに地面の振動を察知する。足の裏だけでは無い。五感を極限まで研ぎ澄ます。音、匂い、視覚、味覚、触覚。気圧の変化や空気の密度、振動、感じ取れるものは全て感じ取る。術が発生する際の化学変化を見逃さない。見逃せば即ち死に至るからだ。
家の中には何かが潜んでいる。緊張と不安を感じる者が放つ、ノルアドレナリンの匂いがする。静かに抑えた息遣いと異常な空気の停止。少し高い温度。生暖かいというか。
次の瞬間、ベイクの足元に矢が立った。木の手製の矢。どうやら角度からして、右側の建物の窓から発射されたようだ。一斉に窓の影が動く。横目で確認して5つ。ベイクは間髪入れずに走った。
ベイクがいた場所に5本、矢が刺さる。硬い砂地に刺さるほど矢は鋭利で、強い力で発射されている。
ベイクは建物にへばりつき、横走りで素早く動いた。そしてこの建物の入り口を探した。しかし、一周しても入り口がない。その間も背にした建物に次々と矢が突き刺さる。
建物を移る。ここにもない。次のこの建物も。全ての家に出入り口がないようだ。しかも1階部分に窓がない。どういう事だ。梯子ででも出入りしているのだろうか。
ベイクは合図して、2人に走るようにジェスチャーし、自分も集落を出て力一杯駆けた。矢はしつこく飛んできたが、やがて止んだ。
3人は息を切らしながら、荒野の真ん中で尻餅を着いた。
「まるで要塞みたいな造りの家だったな。戦闘用みたいだ」ベイクは髪のない頭をさすりながら呟く。
「何かに備えて、警戒して暮らしているとしたら」ルーザも久しぶりに走ったので、かなり息切れしていた。
「なるほど」ヘカーテが1番走りに慣れているようで、あまり息が切れていなかった。「つまりはここには化け物だけでなく、化け物と戦いながら暮らしている者もいるっていう事ですかね」
「何やら複雑だな」ベイクは水筒の水を飲んだ。
先ほどの集落。
「どうだ」
「どうやら、諦めて去ったようだ」
「仕留められなかったか」
「でも、あいつら、化け物とは違ったみたいだが」
「どちらにしても、来られては困る」
「そうね」
「でも、遠くにいたあの2人のうちの、女の方」
「あなたと同じ雰囲気だったわね。金髪で白い肌」
「なに...」
「ここにはあんな奴はいないわ。あなたと同じ所から来たんじゃないの?」
「.....」
「あいつら、ラペの方へ行くわよ。見て来たら?」
「.....」
荒野をしばらく歩くと、ヘカーテはまた何かを見つけた。
「あれは、街だ。城砦都市といった様子ですね」
「お前は相変わらず昔からずっと目がいいな」ベイクにも、まだ遠くに見える物が何なのかは分かっていなかった。
「まあ、目が良くないと戦場に送り出す物は作れませんよ」
「たしかに」
「城砦都市...」ルーザに不安の色が見える。
「友好的か、どうかはわからんが、話が出来ん相手じゃなかろう。また矢を発射されたら逃げるだけさ」ベイクはからから笑いながら裸足で歩いて行く。しかしヘカーテは、ベイクの目が真剣で、笑っていないのを見逃さなかった。
城塞都市まであと500メートルほどの荒野で、ベイクは立ち止まった。ヘカーテとルーザが何事かとベイクをうかがっていると、ややして、彼らでも分かるくらいの地響きが聞こえた。城砦都市の方に向かって、右手の方から、またあの猿のような人型の化け物が3体、情けない格好で手を振って駆け寄ってくる。
ベイクはナタに手を当てがう。
すると、ルーザはベイクを手の平で静止し、前に出た。
「君がやるのか」
「久しぶりだから、援護して」ルーザはそう言うと、小さな声で何かを詠唱し始める。
化け物が1匹、長い手を駆使してルーザに掴みかかろうとした。その時、ベイクは空中の化け物の横っ面をナタの付け根で叩きつけ、そいつの眼球を破裂させた。
化け物は地面に倒れ込み、目があった場所から血を流しながら悶える。
すると一瞬ルーザの身体が緑色に瞬き、怪物3匹の体も同じ色に光り始める。
ルーザの術は、化物達の体内の酸素を化学変化させ、違うものに作り変えた。
すると3匹は痙攣しながら身悶え、血を吐きながら苦しみ始めた。顔を歪ませ、地面をバンバン叩きながら、目を白く剥きながら生き絶えた。
「錬金術の応用だな。体内から変化を起こして破壊する術か。一撃必殺だから使いようだが」ベイクはナタをしまう。
「あまり実戦には向いていないわ。私達の文化は錬金術が盛んだったから、それに影響された術しか使えないの」
「なるほど」
「しかし、こんな奴らに私達が滅ぼされたなんて。何か信じられない。何というか...」ルーザは何か考え深げだった。
「それほどでもないって言いたいんだろ」ベイクが言った。
「そう。そう思う。正直...」
3人は幸い攻撃を受ける事なく、城砦都市に近づけた。強固そうな石の壁は3階建くらいの大きさはあろうか。門もかなり大きく、錆び付いてはいるが巨大な1枚の金属から作られており、大人何人がかりで外から押してもびくともしないほど重くて頑丈そうだった。
扉には立派な虎をモチーフにした紋章が対に彫られている。その前には強固なプレートメイルで武装した門番がいて、恐らく壁の上からも何人もこちらをうかがっている事だろう。
鎧の中から見張りが、くぐもった声で言
う。
「ここでは言葉は意味を為さぬ。市民書を見せよ」
3人は困った。そんな物持っているわけがなかった。
少しの間の静寂。ベイクは、このまま離れれば攻撃されるかどうか、されたらどう対処するかを考えた。
走るか、この上の壁から何かを発射されたらどれくらいの距離を飛んでくるか。
ベイクは背後の彼の出方を見てみよう、と考えた。
「すみません、僕が知り合いでして」ルーザの肩越しに白い手が伸びて、古びた市民書を差し出す。「奴らの仲間にも見えないでしょう?」
ヘカーテとルーザは驚いたが、ベイクの顔がやはりという表情だったので、すぐに何かを察した。2人は黙っていた。
「貴殿か。良かろう。ようこそラペへ」重装備の男が合図すると、錆びた鎖が甲高い音を立てて引き上げられ、門がゆっくりと開いた。
3人は後ろの男に肩を押されて、促されるままに城砦都市に入って行った。
「あなたお気づきでしたね。先ほどは失礼しました」後ろの男が笑いながら言う。
「うまい尾行だった。威嚇射撃も」ベイクは落ち着くまで、背後の男を見なかった。
背後の男は、ベイクの鋭さを笑って讃えた。
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