第2話 説明会

 説明会は、狭い事務所に、むさ苦しい男がひしめき合って、敷き詰められた椅子に座って行われていて、ベイクには身動きが出来ずに苦痛だった。何がもっとも苦痛かというと、隣の親父の口が臭い事。自分の歯があまり残ってないようで歯周病を患っているようだった。


 ヘカーテはというと、そんな事気にせずといった様子で集まった者達同様、食い入るように壇上の仲介人の話を聞いていた。


 「つまりは」仲介人が言う。「恐らくこのトワカ鉱が出るであろう地帯は誰の持ち物でもない様なのです。私は何回も確認しました。王宮にも質問状を出しましたが、あの土地は未開の地域であるとされました」


ベイクは汗が滴った。室内の熱気が増す。


隣の口が臭い親父が口を開く。「質問なんですが、今までなぜそんな場所が未開だったのでしょうか」


「今から説明します」仲介人はピシャリとあしらった。「恐らく今までもあの地域を開拓しようとした者は居たはずですが、誰1人として行って帰った者はいないのです。誰1人として。私もこんなに大きな仕事を得られたら富を得られるでしょう。トワカは今注目されている資材で、今後鉄にとって変わる鉱物になるのではないかと言われています。とにかく、恐らくどこの誰に聞いてもあの地域の事は分からないのです」


ベイクは少し興味が湧いた。「どこの地域ですか?」


「それも今から説明会します」とピシャリ。


「前に貼ってある地図、このパーナットから南東、ハラカ山脈があり、ここの山から少しトワカ鉱が取れます。そしてその東を流れるハラカ川、ここでも微量のトワカが取れます。しかしハラカ山脈の向こう側、ハラカ川の川上というのは深く入り組んでいるため、地理的にも人が近寄れず、誰も手を付けていない未開の地域であるのです。私はそこからトワカ鉱が採れると考えています」


「なぜ今まで人が目を付けていなかったのですか?やはり先の住人がいるという事でしょうか?」誰かが質問した。


 「その可能性は高いでしょうな」仲介人はややトーンダウンした。あまり答えたく無い質問らしかった。先の住人というのは正体不明の人ならざる者の事。果たしてこの中にそんな奴らとやり合う武力がある者が何人いるか、いないか。傭兵を雇う財力があるか。

 

 参加者達は残念そうに解散していった。まあまあリスクの高いビジネスだった。そもそもほとんどの人間は初期投資出来るほどの財力がないだろう。


 もぬけの殻になった事務所で、ヘカーテは仲介人に話しかけた。

 「大変ですね」


「こんにちは、ヘカーテさん。あ、今日はお連れさまが」仲介人は説明会の事務的な態度とは打って変わって和かな表情だった。


 「昔の知り合いです。ベキャベリさんです」ヘカーテが紹介した。


 「ベキャベリ?どこかで聞いた姓ですな」


「ベイクと呼んでください」空かさずベイクは仲介人に言った。


 「これはこれは、ようこそおいで下さいました。いやね。なかなかこうして探しても、個人でやってくれそうな人はいませんね。自治体や企業、国に持っていって、成功したって全部利権を取られるのは目に見えてるわけじゃないですか。ぼやぼやしてて、いつ誰かにかっさらわれるか」仲介人はため息をついた。


 「貴方はあの山の向こうから採れると思っているのでしょう?」ヘカーテが訊いた。


 「間違いないですな。カンがそう言っています」仲介人は笑いながら引き出しを開け、綺麗な風呂敷包みを取り出した。「川には原石が流れて来ていて、明らかに増えたり減ったりしている。川上から流れて来ているのです。何か必ずあるのです。これ、珍しい石や鉱物が採れるのですよ」


「これは?」ヘカーテが訊いた。


 「これは亀甲石ですよ。緑で綺麗でしょう」


「これは鉄ですか?銀?」


「これは妖精石。この粒程しかないですがね」


ベイクは脳天に稲妻が走った。


 「珍しい石ですね。金属みたいな石だ」


「これはかなり希少価値が高い石ですよ。とにかく採れない」


「石と鉱物の中間みたいだ」


「そう。熱で溶けるので加工が出来る石...」


「ベイクさん?」


「どうしました?」2人を押し退けて、石を広げた机に食い付くベイクに戸惑う。


 「これは妖精石ですか?」ベイクが訊いた。


 「そうです。鉱物と石の中間で、鋼より...」


「これも採れるのですか?そこで?」


「恐らく」


「ヘカーテ。行くぞ」


「へ」


ベイクはさっさと1人で事務所を出て、旅支度をしに行った。2人は呆気に取られる。


 「大丈夫ですか?」


「...行くみたいですな」ヘカーテは複雑な顔をして言った。


 「本当に?2人で?」


「ええ。あーなったら聞きませんから。何かあれば連絡します」


ヘカーテは久しぶりに戦争に行く前の、気合いの入ったベイクを思い出した。緊張感が漂い、よく部下を叱咤していた。

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