白銀の騎士と漆黒の太后 〜ギュスタヴ・サーガ〜
山野陽平
第1話 再会
パーナットというのは一種の工業街で、工業と言っても織物業から、建築資材を製造する工場まで幅広くあり、それが出来上がったのは港町であるというのが大きな理由だった。領主を持たない自治都市であり、自分達で軍隊を持ったり、周りの領主と契約できるのも資金力を持っているから。有力者達が評議会を作り、週1度、あれこれと飲み食いしながら話合いをする。そのメンバーが、そっくりそのまま商工会議所を結成したりもしている。
とどのつまりはより金持ちから力を持っていて、皆が見栄を張りながら、競い合って、それが街を発展させてきたのだ。
所有する船の大きさを競いあったり、工場を増築競争したり。それでいて街には貧富の差こそあれど、労働者達、はたまた農業に従事する者も食べるには困らない。それだけ街が潤っていて、全体的な生活水準が高いのだ。
西に海を望み、常に100隻の船が停まる。ほとんどが商業用の船であり、街が所有する強固な護衛船もある。街の高台にそびえる、真っ赤な赤レンガの見張り台が狼煙で合図すれば、即座に100機の大砲が火を噴いて街を守る。
同じ高台には高級住宅地、そして海に近い平地には工場、周りを労働者の住宅や商店、その周りを農村地帯が囲む。
ベイク(ギュスタヴ・ベキャベリは自分をそう呼ぶし、周りにも呼ばせる)は、立ち寄ったこの街は、道が分かりにくくて、歩きにくいと感じた。全体的に海から増築増築で陸へと広がって発展してきたため、区画整理が出来ていないのだ。かつては神聖騎士団長だった事もあり、専門家ではないがちらっとは街の建設に携わった事もある。少しにわかな所もあるが、これはこうだ、これは駄目だと言いたくなる街。
ベイクは王宮にいた時も、出てからも、このパーナットに来たことはなかった。パーナットと王宮は仲が悪い。この街が、自分達で身を守れるほどの金を捻出できるという事なのだが、中央の話を聞かない、いわば強気の姿勢は教皇に匹敵する。
ベイクは相変わらず髪と髭をつるつるに剃り落としていたが、修道士から貰った白装束を着るのは止めた。あまりにも旅の坊さんと間違われる事が多く、それの対応が面倒臭いのだ。
今は革の胸当てにくるぶしから上まであるブーツを履き、大きなバックパックを背負い、何の特徴もないただの旅人となった。ただ他の旅人と違うのは、彼は刀剣の類は携帯していない。あるのは、友の形見の、薪を割るために作られたナタだけだ。
ベイクはちょうど道すがらにあった茶屋で一息つく事にした。坂の商店街の真ん中にある吹きっさらしのテラスにテーブルと椅子が並ぶ店だ。その側の道路で労働者の子供が、膨らました手製の革袋を投げて遊んでいる。店員は無愛想だったが、冷たいハーブティーは安くて美味しかった。
潮風が坂の上まで吹き上がって来て、蒸し暑い日差しを相殺する。磯の匂いが広がる港が見渡せた。眺めがよく、活気溢れる街に気分が高鳴った。
海を渡るか。このまま海沿いに歩くか。どちらにせよ少し稼がないといけない。工場で日雇いの仕事でもあれば良いが、などと考えていると、通りかかった男がこちらを見て立ち止まっているのが、横目に映った。
「団長!」
男は声をかけてきた。久しぶりにそう呼ばれる感覚。むず痒いが、城を飛び出して初めて言われた。頭を剃り上げていたし、それ程の人数が居ないにしても王宮を抜けてこんな港町にいる者などはほとんどいないのだ。1度王宮に入ってしまえば一生安泰だ。辞める者などほとんどいない。王朝が転覆しない限りは。
ベイクは男を見た。重そうな袋を肩からかけた割れた玉子みたいなさらさらの髪型の、ブロンドの男。背は低く、布製の動き易そうな服を着ている。もちろん誰だか分からなかった。
「やだな。僕ですよ!ヘカーテです!」
「ヘカーテか!」ベイクは手を叩いて叫んだ。さっきの店員も、まばらな客もみんなベイクを見た。
ヘカーテはベイクのテーブルに座る。
「いやね、ガラガラな店で1人で座っているのに壁を背にしてるなんて、どんな軍人上がりだって思ったらなんとあのベキャベリ将軍だった...」
「やめろ。将軍は。ベイクだ」ベイクは遮った。
「す、すみません。あまりに興奮してしまいまして」
「ああ。かまん」
「どうしていきなり城を出たんですか?いきなりいなくなったからみんな必死で探していましたよ。懸賞金は今でもかかっていますからね」
「そのまま、賞金首の紙に使えそうだな」ベイクはカラカラ笑う。
「やはりあの呪いの事を気にしているのですか?」
「ああ。何回もみんなに迷惑かけたからな」
「やはり今も刀剣は握れないんですか?」
「そうだな。他の武器にしても、柄が木製でもその形状によっては発作が起きる。今はナタ一本持ってうろついてるよ。これなら大丈夫なようなんだ」
「団長がナタ...」ヘカーテは呆気に取られた。
「お前は何でここに?王宮を出たのか?」
「ええ。まあ。あの鼻持ちならない副団長が団長に昇格したり、仕組みが変わったりして。他にも理由があるんですが、働いていてもつまんなくなっちゃいまして辞めちゃいました。僕も父の代から王宮鍛治なので小さい頃から城に住んでましたけど、人が変わったり、やり方が変わるのについていけなかったというか。合わせようと努力はしたんですけど」
「後から来た者に偉そうにされたり、昔からの習慣を変えられたりするのが嫌だったんだな?」
「そうです」ヘカーテは説教を喰らうだろうと身構えた。ベキャベリ将軍はそういう男だ。恐らく自分の選択はエゴだと言われると思った。ベキャベリ将軍はそういう男だ。
「そうか」
ベイクは呟いた。意外にあっさりした反応。ヘカーテは、あの頃の堅物の、王宮ナンバー3の神聖騎士団長ではないんだなと感じた。
「今は何をして生計を立てているんだ?」ベイクはハーブティーを飲み干した。
「宝石商です」ヘカーテは携えた袋をテーブルに置いた。硬い音がする。「ここへは石を買い付けに来ました」
「儲かりそうだな」
「もうちょっとで儲かるんですが、なかなかね。高い利益を出そうものなら高い石を買って、買い手も見つけなきゃ。結構大変なんですよ。今は安い石ばっか。数売ってます」
「お前の技術なら研磨も自分で出来るんじゃないのか」
「そうですね。俺は他の同業者と違って原石から買い付けられます。手間賃は省けるというものです」
「そうか」
「いや、実はですね。街でいい取り引き話があって来たんですよ。話を聞きに来たんですが」
「良い取引か?」
「違いますよ。今話題になっているある鉱物を扱えるかも知れないんです。なかなか見つかっていない物なんですがね。その噂を聞きに、街に来たんです」
「どんな?」
「トワカ鉱っていう、加工し易く、それでいて鉄の次に硬いって噂の金属なんですがね。これの取引が出来れば儲かるんです。最近鉄も不足しているみたいでして」
「ほう」
「それが産出される山についての話が聞けるらしくて、説明会に行く途中なんです」
「そうか。時間大丈夫か?」
「じきです。良かったら一緒に行かれますか?」
「なんで俺が行かにゃならんのだ」
「そうですけど。でもここで別れてしまったら一生会わないでしょう?」
「そうだな」
ベイクは彼を幼い頃から知っている。痛んだ刀剣や甲冑を、彼や彼の親父の仕事部屋に持って行くのが日課だった。彼の親父が死んだ時、葬儀では彼と棺を抱えて歩いた。
ベイクは行ってみる事にした。
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