第4話

 起きて一番に、何かが起こるような予感がした。

 窓から薫ってくる匂いは雨を伝えるときに似ていて、どこか違いを感じた。褥の柔らかさに身を埋めるより、もっと欲しいものがある。起き出して、手早く着替えた。朝日はまだまだ傾いている。せっかくなので試しに、クローゼットにマリが用意してくれていた、デニムのホットパンツと、藤色のシフォンブラウスを身につけた。

 どちらも試したことがなかったので、似合うかどうか不安がある。自分ではあまり納得していないが、慣れていないだけのようにも思えたのだ。見た目はさておき、手や脚を動かしやすい点は気に入った。どれだけ動かしても服に引かれることはまず起こらない。

 とりあえず今日この服装で、慣れたり感想を聴いてみる。ホットパンツの下に黒のレギンスを加えてから居間へと降りていった。


 扉を開けると真っ先に、肉の、まだ焼く前の匂いに気づいた。その源を探すと、調理台に立つマリの隣にあった。

 大きな鶏肉の塊だ。

 春花は冷蔵庫や他の保管庫を見ないようにしていた。マリがびっくりさせたいと言っ中身に期待させ、その期待に応えた驚きを日々ひとつずつ見せていたからだ。

 生前の姿がわかる肉を目にした瞬間の高揚は、思期待通りの顔を引き出した。二人は朝の挨拶もそこそこに、話題の始まりはすでに決まっていた。

「今日はパーティだよ。題して、春花ちゃんが来て四半年記念」

「やったあ!」


 春花を主役の席に座らせようとしたが、本人はそうではなく、離れた場所でできる準備をしたいと伝えた。一人用の調理台からすぐ届く位置へと机を動かし、調味料を必要な分だけ小皿に取り分けたり、準備が整うまでの時間は一人のときと同じではある。それでも退屈を解消させたり、参加できる結果は得られる。

 今が平時だと味わえるのだ。


 いよいよ準備が整った。

 テーブルに料理と食器を並べていく。豪華な外見に加えて、普段よりも少し遅めになったので、空腹感も食欲を掻き立てた。


 乾杯をした。

「春花ちゃん、いてくれてありがとう」

「マリさんも、一緒にいてくれてありがとう」

 グラスを軽く触れ合わせて、始まりの区切りを共有する。

 鶏肉にナイフを突き立てた。なかなか切れないので、途中で手を休めて、傍のフライドポテトをひとつ口に投げ込んだ。改めてナイフを動かすときに、マリが骨を掴んで支えた。そのおかげで力が集中し、刃が進んでいった。

「ありがとう」と言う顔に浮かんだ満面の笑みに「熱いうちに食べてね」と微笑み返した。


 賑やかな時間を過ごし、そろそろ温め直しが頭によぎった頃だ。先に飲み物のおかわりを注ぐその途中で、ノックの音が聞こえた。

「春花ちゃん、隠れて」マリは訝しんだ。

「お邪魔をされたくないから、今日はお断りって張り紙をしたのだけど。ノックをしてきた。ただものじゃあないね」


 マリは懐から透明ケースを取り出した。

 二つ折りの小さな冊子になっていて、短い呪文が外側にふたつと、長い呪文が内側にひとつ、それぞれ始点を示す突起つきで書かれている。

 背表紙の上のストラップを手首に通すと同時に、反対の親指で内側の呪文をなぞった。


 周囲の空気が抱えている水蒸気が、まるで意志を持ったように動いた。一帯の様子を探り、情報を渡し合ってマリの元へ届けていく。家の中、異常なし。裏口の先、異常なし。これで挟み撃ちの線は消えた。玄関の先、見覚えのない人影がひとつ。これがノックの主に違いない。

 身なりは整っているが、小間使いといった風貌だ。長い紺色のワンピースは、時代が違えば格式高かったように見える。中性的な顔立ちで、短く整った髪型。手荷物は何も持っていないし、ポケットや帽子もない。何かを隠し持つとしたらスカートの裏か、胸の膨らみか、もしくは体内に限られる。それらを除いても目立つものは見つからなかった。

 マリがこうして覗き見をする間、ぴたりと止まってドアの一点を見つめていた。春花の隠れ場所は、マリの部屋の入り口すぐだ。ここなら裏口からもそこそこ遠いし、正面から入るものには罠が待ち構えている。マリはあとで褒め称える内容を決めた。

 そして玄関へと向かった。相手に帰る様子がないのならば、自ら出向いて追い返す。


「張り紙の通り、今日は誰であってもお断りですよ」

「ああ、失礼しました。字が読めないもので」

 目の前の女性は同じ姿勢のまま、抑揚の少ない喋り方をした。

「申し遅れました。私はゼルレラ。ゼルレラ・ヤグスと申します」

「どうも。外国からのお方?」

「ええ、そのようなものです」

「そんな遠方からわざわざ来る、何か大きな理由とお見受けしました」


「希少な逸材がある、と聞きましてね。それを採るため遣わされたのです」

「ここに? なんのことかしら。植物? 動物?」

「動物ですね。貴女の他に、人間の雌がもうひとつ」

 マリはこの言葉を聞いて、ゼルレラを敵と判断した。手元に構えた呪文のひとつで指を這わせた。右足の親指を向けた方向へ体を弾く、ただそれだけの短い呪文だ。


 しかしゼルレラのほうが早かった。呪文を待つことなく、自らの脚力で突進した。閉所の、しかも至近距離ではローテクの難点が補われる。


 かくしてゼルレラは家の中に飛び込んだ。

 玄関の次に飛び込んだ先は扉でも階段でもなく隣の、手近な壁だ。まるで布団に潜り込むのと同じように、足から頭までするりと姿を消した。

 ゼルレラは壁の中から、部屋ごとに顔の前側だけを出して探っていった。

 はじめに見つけた部屋はトイレだった。目当てはいないし、近寄る音も当然ない。壁に戻って別の部屋を覗いた。今度の部屋は居間だ。ここも目当てはいない。

 さらに別の部屋へ、今度はマリの部屋だ。ここはほとんどの壁が棚で覆われていて、何度も鼻をぶつけることになった。

 立ち並ぶ棚の先で物音が聞こえた。確認するべく全身を壁から出そうとしたら、作業台が下半身を押さえつけた。乗り上げて出る頃には部屋に誰もいな区なっていたが、扉が閉まる瞬間がなんとか見えた。

 

 ゼルレラは思考を整理した。ドアノブの形からして、ここの扉は玄関から見たときには閉まっていた。それを誰かが開けて、出て行った。そうなると当然、目当ての材料に違いない。

 安全のために壁を経由して廊下に出た。ちょうど階段を登る人影がふたつ見えた。

 こうなれば逃げ道はないに違いない。早歩きで階段へ、その上へと進んだ。


 その同時刻、春花はマリの元へ駆け寄り、観察に基づく仮説を伝えた。隠れている間、耳を扉に近づけて、静かな呼吸で音に集中していた。

 相手は壁の中を通っている。にわかに信じがたいが、音は壁の座標から聞こえてきた。ただし、すり抜けるのとは違う。棚の裏で引っかかった音を聞いている。それに、最初から無理やりに侵入するのではなく、玄関をノックした。

 これらを合わせて、何か条件があると想定した。


 それならば、と二階へ駆け上がり、奥にある部屋へ向かった。階段に足をかけたその時、視界の隅に廊下を走る姿が見えた。音が出やすいつくりなので、静かにしても多少の音が出ていた。

 この音で追加の情報を得られる。足が遅いか、そうでないならば速さを求めていない。逃げられないと思っているように推測した。春花は逃げるつもりもない。

 

 マリが用意してくれた部屋。何かやりたいことができたら使えるように用意してくれたあの部屋。その最初の使い道は、障害物がない戦場になった。部屋の中央で背中合わせになり、壁を二枚ずつ見張りながら作戦を立てる。


 話し合う終盤には隣の部屋から物音が聞こえた。すぐに来る。

 春花の正面左側の壁から現れた。同時に春花は、つま先を床に落として方向を伝えた。

「これです。採取してくるよう命じられたのです」

 ゼルレラの身勝手な言い分に対し、春花が喝破した。

「失敗の知らせを持ち帰ってもらうよ」


 春花が迎え撃つ態勢で前に出た。右手で攻撃する姿勢を見て、ゼルレラは春花の左を取るよう軌道を変えた。春花の姿勢は、体の陰になる部分に武器を持っているように見せている。実際はただのハッタリだが、瞬時に判断する必要がある状況において、精査は他を見落とす結果につながる。つまり、武器があると想定して動く必要に迫られるのだ。

 本当の武器は口の中と、ゼルレラの背後にある。

 

 春花の右手が腹部を狙って飛び込む。受け止めるべくゼルレラの手が動いた。

 ここで春花は口の中から唾液を吹き出した。同時にマリが呪文をなぞる。勝敗は決した。ゼルレラの眼前で唾液が爆発したのだ。


 声もなく窓際に叩きつけられたゼルレラに駆け寄り、春花の口から追加の唾液を飛ばした。今度は足元で二度に分けて爆発し、窓を破って遠くまで吹き飛ばした。

 すぐには動けまい。今のうちにマリはポケットから別の呪文書を取り出した。手帳サイズの、春花と出会った日に見せたものだ。

 目当ての呪文を指でなぞる。落ち着いた時間が必要ではあるが、なぞり終えるとすぐに家の周囲が深い霧に包まれていった。


 二人はその場で体を寄せ合った。

「ごめんね。痛かったろう。怖かったろう。ごめんよ」

 マリは力不足を嘆いた。自責と懺悔を繰り返した。これまで決して起こらずにいた事態に対し、自身の無力さを呪った。

 

 もちろん無策だったのではない。

 これまでは鳴子の役目を持たせた水脈で先に気づいたり、取っ組み合いになっても気道を狙ってまとわりつく水の弾丸もあった。

 それが今回は、用意したどれもが通用しなかったのだ。まるで最初から対策されていたかのように。


 春花から見ても、マリのほうがよほど堪えていそうに直感した。

 己が策略を易々と突破されたらどう考えるか、想像しただけで胸が締め付けられる。


 それでもまだ救いがある。今がまだ昼であることだ。

 深夜に忍び込めば簡単だったろうに、そうするのではなく昼を選んだ。なおかつ、律儀に扉を叩いたのだ。やはり、何か理由があるに違いない。


「マリさん、ひとついいかしら」

「なんでも言って」

「吸血鬼って聞いたことある?」

「ある。けど、そういう種族がいるわけじゃあないよ。感染症を指してそう呼んでいたんだ」

 マリは考える先を得て、少しだけ表情が和らいだ。

「春花ちゃん、考えがわかったよ。『吸血鬼は招かれるまで家に入れない』だね。さすが賢い子だ」

「そう。だけど、そうじゃないってわかっちゃった」

「いや、こうなったら心当たりがあるよ。ついてきて」

 

 春花の手を握り、向かった先は一階、マリの部屋だ。

 マリの寝台に向かって並んだ。

 手動で寝台の端を持ち上げると、途中で床も持ち上がり、どこかで支えているらしく斜めに止まった。地下への隠し階段が姿を現した。

 降りながら明かりを確認した。水が管の形で上側に伸びている。その一端が地上に出て、入ってくる光を屈折させて、二人の近くを照らしている。


 降りた先はひとつの部屋だった。上よりもさらに多量の本棚が並び、段をひとつ降りると巨大な壺や釜もあった。

「資料集だよ」

 マリが持ち出した本を長机の端で開いた。

「伝承を再現する形で使う術式、これだね」

 この資料集は詳しい説明ではなく、どんな術式があるかを簡潔に記している。調べる方法を調べる本だ。それでも分厚く、しかもこの術式だけで側面の案内印が長々と続いている。壁の中を通る怪物の話を探した。しかし途中で、必要なのはそうじゃないと考えた。


「ああいう誰かがまた来るなら」春花は決して、本の厚さに飽きたのではない。

「私も魔法を身につけたい。マリさんに私を、弱い的を抱えさせるのは不利だ」

 春花の言葉を聞いて、マリの表情が翳った。

「協力はするよ。だけどその前に」

 マリは立ち上がった。

「見せなければならない場所があるの。ついてきて」


 地上に戻り、裏口から出た。

 以前はヒルに噛まれたが、今回は白の長靴を履き、返しもつけている。これならまず登れないし、目立つのですぐに見つけられる。

 先に見える畑のさらに向こうには川がある。架けられた橋を歩きながら、その先が見えてきた。


 墓石だ。

 太い四角柱が左右に、そして奥までずらりと並んでいる。もっと奥は山になっているようで、崖には石の階段が敷かれている。まだ上があると想像できた。


 足が対岸を踏みしめた。土が湿って柔らかいような気がする。

「ここは、わたしと共に生きた子たちのお墓」 

 マリは淡々と話した。

「今まで、何年もずっとここにいて、一〇七人のかわいい子たちを迎えたんだよ。もちろん、やがては寿命が来る。その度に標が増えていく」

 

 春花は手近なひとつを見た。

 四角柱の側面にはそれぞれ、英語らしき名前、特徴を示す英単語、好んでいた物を示す英語、そして呪文の楔文字が彫られている。隣には日本語で、その隣は名字がない日本語で。それぞれの子たちに合わせている様子だ。

 呪文の最後が天面に続いているようなので、背伸びをして覗いてみる。そこには円形の窪みがあり、雨水らしきものが少しだけ残っていた。

「この墓石もマリさんが用意したのですか」

「もちろん。水は石だって削れるからね。材料やわたしの時間だったら、たっぷりあるんだ」


 マリは寂しげな顔で、ゆっくり区切って休みながら話した。

「ここにきみを連れてきたのは」

「もしきみも魔女になったら、やがてこうなると知っておいてほしいからだよ。どれだけ仲を育んでも、やがては見送る。何人もだ」

「その決意があるなら応援する。だけど」

「このままでいれば、さみしい思いをするのは、わたしだけで済む」


 話を聞いて、春花の決意は固まった。

「だったら私も魔女になる。そうすれば、マリさんはさみしい思いをしない」

 短い言葉に意思を込めた。

 偶然か訳あってか、虫の声が止んだ。風も穏やかになった。

 静寂の中で、マリの目尻が微かにきらめく。


 ぱち、ぱち、ぱち。

 墓石のひとつから弱々しい音が聞こえてきた。

 天面に貯まった水が、それぞれの中央で噴き上がり、すぐに落ちていく。小さな噴水に似た音だ。音は次第に、他の墓石からも、さらに別の方向からも聞こえてきた。ひとつ、またひとつと広がってゆく。

 最後にはすべての墓石から、ただ二人に向けて注がれていった。マリが言葉の準備を整えたころに、大合唱が一気に静かになった。

「決意を、みんなの前で言葉にしたのは、きみが初めてだよ。満場一致で応援してくれてる」

「それは、ここに霊魂が」

「留まってはいないよ。いつでも集まれるだけで、寂しくさせてはいない」


 帰り道でもう少し話を聞いた。春花の前には五二人が近い決意をした。その全員は、半ばで諦めるか、達成より寿命が早かった。久しぶりに現れた五三人目、春花がなにを選ぼうと、マリはその選択を尊重する。互いに信頼を持っている。


 再び地下室へ向かった。

 ひっくり返して書物を探す。マリが判別しては、春花が場所を開けていく。

 似たような装丁の本が大量にある。長らく使っていなかったので、在り処がわからなくなってしまった。

 

 マリによると、オリジナルの他に写本も多数あり、それぞれが異なる言語で書かれているそうだ。どこの出身でも扱えるようにと配慮したようだが、それもこうして古くなっては、読めるかどうか不安が残った。

『今は昔、竹取翁といふものありけり』程度ならば春花も聞いたことがある。が、もっと別の言い回しが出てきたらたまらない。


「あった!」


 マリが見せた書物は、和綴の本の形をしていた。

 中を開くともう見慣れた楔形の文字と、その説明らしき位置関係でアルファベットが並んでいる。

 知っている単語を探して言語を確認していった。スペインかイタリアあたりの言葉に見えた。しかし、どこか違う。いくつかの並びを眺めていくと、ようやく見覚えがある単語を見つけた。確かこれは、植物図鑑で見た、亜門を示していた言葉だ。


「ラテン語?」

 春花は呟いた。

 これは難関だが、僥倖でもある。

 時代とともに変わっていく言葉の中でも、ラテン語ならば変遷が少ないと思ったのだ。

 和綴であった事実も、いつの時代に書かれた写本かを推測する手がかりになる。


 マリが辞書を探す間も、春花は見覚えがある並びを探して意味を推測していった。ラテン語は、気づかないことこそ多いものの、日本では日常的に触れる機会が多い側だ。有名なところでは、日本中のゲームキャラクターが京都府に集まり、観衆の声援を受けながら技を競う、その祭典の開会を伝える歌がラテン語だったこともあった。それ以外にも、ラテン語を語源とする言葉は綴りが似ている。いくつかの単語を読み取り、それらの組み合わせで文法を推測していった。


 もちろん楔文字にも目を向ける。文頭にいつも同じ形が並んでいるので、きっとこれが呪文の記述を始める宣言だとすぐに思い至った。マリが持つ呪文を見ると、この最初の部分に少しだけ違いがあった。ページを進めると、似たような違いを持つ文頭に替わった。同時に説明文の方も、頻出する単語が替わっている。

 春花はすぐに、ここが対応していると理解した。


「ラテン語の辞書も見つけたよ」

「ありがとう。あと、マリさんの呪文も少し見ていいかな」

 懐にあった小型の書を再び出した。春花が思った通り、最初の記述はこれらもすべて共通している。

「やっぱり、文頭が同じだ」

「わお、もうそこまで読み解いてるんだ。さすが春花ちゃんだね。賢すぎる」

 マリは肩を横から抱いた。今日は軽い力で、読書を続けられるように計らっている。

「今日はもう遅いから、続きは明日にしましょ」

 マリの提案を聞いて、時間を改めて意識した。地下でありながら外からの光を取り込んでいる。読み初めよりずっと暗い。


 地上に戻る前に、マリは小さな机に置いたままの、巨大で重厚な書を開いた。中には大量の呪文が記されており、目当てのものを探しながら「ここにはわたしの呪文をぜんぶ残してあるんだよ」と呟いた。中程のページから目当ての呪文を開き、なぞって起動した。

 ただの飾りだと思っていた部分から少しの水が滲み出て、春花に持たせた二冊の本に浸透した。

「これでよし。誰かがその本を盗もうとか触ろうとかしたら、自力で逃げるようにしたよ。これで持ち出しても安全だ」

「ありがとう。それなら、置き場所は棚よりも机の上がいいのかな」

「そうだね。多少ならどうにかできるけど、そっちの方が確実だよ」


 地上に戻ると、空が赤くなっていた。


「今日はいっこだけ、わたしから説明しておくよ」

 夕飯の準備の途中、春花の方を見る余裕ができるたびに口を開いた。


「どの呪文も、他の分野への応用がほとんどできないよ。潰しが効かないんだ」

「なので大抵は、使うものを絞ってから身につける」

「わたしは水を扱うことにしたんだ。便利そうだったからね」

「呪文はね、使うだけなら誰にでもできるんだ。使う準備を整える、そっちのことを魔法と呼ぶんだよ」

「本当は別の名前があるけど、今日は分かりやすさ重視で魔法って呼ぶね」

「さっき話した、時が止まるってのは、魔法で二個目を作った時だ。一個目で揺らいで、二個目で完全に」

「先に呪文の書き方に集中して。燃料はわたしが用意するから」

「何を扱うか次第で、どれが必要になるか変わってくるんだ。触りたくないものがあったら見つけといて」

「とりあえず、この辺りで採れる材料をメモにまとめておくよ」


 夕飯の準備ができた。同時に、マリからの説明も済んだ。


「いただきます」


 春花の頭の中は、明日の計画でいっぱいだった。

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