3章(10)
男性陣のメンタルに不安を感じ、弓鳴と晴川に手伝ってもらうことにした。
ランプを持って、捕虜を隔離している場所に向かう。
「ようやく、ウチの出番やね」
晴川からはまったく緊張が感じられなかった。
「君は怖くないの?」
そう訊くと、晴川は大きな腹を叩いて良い音を鳴らした。
「ダテに脂肪をタメてないんで」
「でも、恋すると臆病な乙女になるんだよね」
小声で言う弓鳴を、晴川が肘で突く。
「もー、真記ちゃん、変なこと言わんといてくれる」
しばらく恋愛禁止でお願いしたい。
捕虜たちは手足をビニール紐で縛られ、衝立で仕切られた狭いスペースの中にあぐらをかいて座っていた。
さんざん殴られて顔が腫れ、ひとりは左目が
動けないと分かっていても気持ちが怯んだのは、男たちの目に、二十一世紀の人間にはないものを見たからだ。純粋な殺意。根源的な敵意。彼らにとって僕たちは獲物で、交渉相手ではないのだろう。
「聞きたい事がある。素直に答えれば、食事を与える」
僕が言った日本語を、晴川が訳して伝える。
語気が荒く、頭の上から浴びせるような話し方をした。
そもそも、僕が口にした三倍くらいの量を話しているような気がする。
「君、絶対、盛って伝えてるよね?」
「郷に入ればっちゅうやつです。お上品に言っても伝わらんのですわ」
晴川は捕虜たちに、何度も首を横に斬るアクションを見せつけた。
尋問という意味では、それが正解だった。
男たちの顔に、明らかな恐怖の感情が現れた。
「そもそも、なぜおれたちを襲ったのか訊いてくれ」
晴川がイタリア語で質問すると、ひとりがボソボソと答えた。
それを晴川が訳す。
「昨日の夜、仲間がこのあたりで灯りを見たんや。商人の集団ちゃうか、それやったら何かいただこうやって話になってな」
仲間……この男たちには、他にも仲間がいるのか。
やはり、ここに留まるのは危険だ。
「このあたりに村とか街はないか? できれば、働き口があるところがいい」
晴川が訳すと、それまで黙っていた、左目の塞がった男が口を開いた。
「ここから下流に向けて歩いていくと、ヴァル・ディ・トッリっちゅう村がある。領主のバスティアーノ・トッリは、人情の分かるええ人や。疫病やら戦争やらで農作業の人手が足らんようになって、ずっと困ってはる。雇ってくれるはずや」
「ずいぶん詳しいじゃないか。もしかして君は――」
「ああ。その村で生まれた」
「名前は?」
「アントニーオ」
「名字も教えて欲しい」
男は首を横に振った。
弓鳴が僕に小声で、
「この時代、農民は名字がないのが普通です」
「……よし、アントニーオ、村に案内してもらえれば命を助ける」
その回答を聞いていた晴川が、怒声を上げた。
「なんやってえ?」
「……なんて言ってるんだ?」
「村を飛び出して傭兵団に参加したんやけど、戦争に負けて団が解散して、ここまで戻ってきた。なんや手土産でもないと、親には顔を見せられへん――て、知るか!」
「それは当てが外れたね。我々は財産になるようなものは持っていない」
少なくとも、この時代では価値のないものが多い。
弓鳴がボソッとつぶやいた。
「私たちを奴隷として連れていくつもりだったのかも」
「奴隷?」
「普通に人が売り買いされているんです、この時代は。フィレンツェ政府が法律で認めています。キリスト教徒はNGだと一応の条件をつけてはいますが。黒死病で人口が激減して、労働力を何かで埋める必要があったんです」
「……冗談じゃない」
ただでさえ、会社の奴隷のようなものなのに。
「とにかく、村まで案内してもらう。いいね」
晴川の訳で、こちらの意図は理解したはずだが、アントニーオは返事をしなかった。
× × × ×
翌朝、アントニーオが死んだ。
朝食を出しに行った社員から知らされて、弓鳴、晴川と一緒に現場に駆けつけた。
生き残った一人が、涙ながらに、深夜に暴行を受けたと訴えた。
寝ているところを襲われ、後ろから袋のようなものを被せられたらしい。相手は複数だったと思うが、視界が効かなかったので、具体的な人数や顔は分からない――
晴川は、信じられないという風に首を横に振った。
誰も現場を見ておらず、監視カメラなどもちろん存在しない。
しかし僕は、直感的にそれが事実だと思い、背筋を冷たいものが滑り落ちていくのを感じた。
社員の何人かが連れ立って、抵抗できない相手を
殺意がどこまであったのかは不明だとしても、動機が復讐心であることは、間違いないだろう。
怒りが込み上げてきた。
社内では、傷害事件はご法度。
明確な『社律』違反だ。
弓鳴が僕にだけ聞こえる声で言った。
「茶山さん。私、ずっと気になっていることがあるんです」
弓鳴はさらに声を潜めた。
「コローレの電気室で月島さんを殺したのって――誰なんでしょう」
そうだ、いろんなことがあって、いまのいままで忘れていた。
月島さんは、撃たれたと言っていた。
つまり、何者かに殺されたということになる。
その犯人が、いまも社内にいるのだろうか……?
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