楽園
第一章 世界は一つになり、人々は幸福を謳歌し、幸福を再分配する。
幸福の朝
毎朝目が覚める時、僕の心は幸福に抱きしめられているような感覚になる。それは決まって、酸素カプセルの繭から抜け出し、定められた時間に、定められたとおりに自動でカーテンが開かれた窓から差し込む朝日を浴びた時に感じるのだった。窓から見えるのは森林と流線型が美しい建物が居並ぶ街並み、そして幾筋にもわたって街を流れる美しい清流だった。街はあまりにも川が多い為に水の上に浮かんでいるようにすら感じられた。すべてが調和の取れた街並みは、毎朝僕の心を穏やかにしてくれた。窓の外では庭の小鳥が戯れて飛んでいた。互いに交差し合いながら飛んでいて、やがて僕の部屋のバルコニーの手すりにやって来て一休みした。この二羽は恋人だろうか。それとももう夫婦? いやまだ友人の間柄かも知れない。二羽は何の前触れもなく再び飛び立った。僕はその様を眺めていた。
僕は翻って部屋の中に向き直った。手を二回、叩き合わせると液晶画面の壁が点灯し、今日の天候や気温、湿度などとともに適当な配信番組を表示した。やっていたのは『念動力で猛スピードで飛来する鉄球を停止させることが出来るか』という子供向けの検証番組だった。
〈おはようございます。ステファノ様〉部屋にホームAIであるアルゴの合成音声が響いた。アルゴは家のあらゆるシステムを管理してくれていた。
「おはよう」
〈朝の飲み物はいかがいたしましょうか?〉
「そうだな。紅茶がいい。ダージリンはあったかな?」
〈ございます。現在ダージリンティーの茶葉は残り五回分の在庫を保管しております〉
「じゃあそれで淹れといて」僕は言った。「あと、だいぶ残りが少ないから、茶葉も追加しておいてくれないかな。ほかに足りないやつとかあったらついでに買っておいてよ」洗面台に行くと、歯を磨いた。
〈現在、ダージリンティーが残り四回分、アッサムティーが六回分、レモングラスティーが八回分であり、それぞれ保管上限分まで注文いたしました。また、アールグレイティーにつきましては先日追加し、現在在庫は十分であるため追加はしておりません〉アルゴが言った。〈ダージリンティーの用意が整いました〉
「ありがとう」
ダイニングキッチンに赴くとコーヒーサーバと並んでおかれたティーサーバーの上に、ダージリンの入ったティーカップが乗っていた。それを手に取り、一口口に含む。前日にセッティングし終えていたトースターがチンと軽い音を立てて止まった。〈トーストが焼きあがりました〉というアルゴの報告を聞く前に僕はトーストを取り出すと、冷蔵庫の中からマーマレードジャムを取り出し、塗りたくった。僕の朝食はいつだってトーストと紅茶だけだった。昼と夜はたらふく食べるのだが、朝となるとそうはいかなかった。
〈本日の予定をご確認なさいますか?〉
「いや、大丈夫だよ」僕は言った。「今日はいつも通りの予定だろ?」
〈はい〉
「アルゴ、もう休んでいいよ」
〈承知しました〉
そう言って、アルゴはスリープ状態になった。僕は服を外出着に着替え、時計を確認した。2200年六月二十日(月)八時二十分と記されていた。ちょうどいい時間だった。僕はその日の《仕事》に出かけた。
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