超能力者同士の戦い

 富張北斗とばり ほくとがいるというキャンプにたどり着いたのは、ぼくらがキャンプを出発してから四時間もたったころだった。暁昴の歩調に合わせていたのと(彼女は急いで歩いていたようだが、女性である彼女の歩調はやはり男であるぼくのものと比べるといささか遅かった)、ぼくの仕事である食料探しのために、途中立ち止まることが数度あったからだ。


 その度に崩れ去った建物の瓦礫の下を探ったりするので、一度立ち止まれば十分は時間を取られてしまうのだった。しかしそれは彼女も承知の上のことで、それについてイラついたり、そわそわとして表面的に先を急ぎたいという意思を表したりすることはなかった。


 それでぼくの彼女に対する印象は少しばかり改善されたと言っていいだろう。出会ってからの彼女はあけっぴろげで、奔放――つまりは子ども的な印象を他者に抱かせる節があるとぼくは思っていたのだが、ぼくが食料を探している間の彼女の立ち振る舞いは、自身の感情を押し殺し、他者に自分の振る舞いがどう見えているのかを意識している大人の冷静さを見せていた。それはひとえにぼくの機嫌を損ねたくないためだろうと思った。ぼくはキャンプの仕事をしているわけであって、彼女を富張北斗のいるキャンプまで送り届けるのはあくまでついでなのだ。そのことをしっかりとわきまえていることが感じられ、ぼくは彼女を少しばかり見直す結果となった。おそらくは出会ってからの彼女のあけっぴろげな言動もすべて彼女の中で考えがあっての行動なのだ。そう思った。


 富張北斗がいるというキャンプは、ぼくらのキャンプとほとんど同じだった。遠目からは焚火の炎が見えて、炎を囲っている数名の人影も見えた。キャンプの周りには見張り番もいて、見張り番の男はぼくらに気が付くとそこで止まれ! と大きな声を張り上げて停止を促した。男は警戒した足取りで、ぼくらに近づいてきた。ぼくは男のしぐさに十分に注意を払っていた。それで、彼が腰と袖口に何らかの武器を隠し持っていることを察知した。


「怪しいものじゃないよ」ぼくは両手を上げて、交戦の意志がないことを示した。


「何の用だ!」男が言った。


 ぼくはどう答えたものか考えた。富張北斗に会いに来たと馬鹿正直に言えば、余計に警戒され、下手をすれば捉えられてしまう可能性もあると思ったからだ。が、ぼくが何かを言うよりも先に暁昴が口を開いた。


「わたしは富張北斗っていう人に会いに来たの」彼女は言った。「このキャンプにいるんでしょ?」


「確かに、いるにはいるが彼に何の用だ」


「彼に話があるの。大切な話なの。だから、会わせてくれないかしら」


 暁昴の言葉に男は一切警戒の構えを緩めることはなかった。ぼくはいざとなったらすぐにこの場から逃げ出せるように準備をしていた。男の出方次第ではそうなった。


「残念だが、彼に合わせることはできないぞ」男が言った。


「どうして?」


「彼は今、食料探しに出かけていて不在だからさ」


「じゃあキャンプの中で待たせてもらえないかな」


「だめだ」


「別に滞在するわけじゃないの。ただ、富張北斗さんが帰ってくるまで待たせてもらうだけよ」


「だめだ。このキャンプに部外者を入れることはできない。それがこのキャンプの方針だからな」


「どうしても?」


「ああ」


「なら、このキャンプの前で待っているだけでもいいわ。それなら構わない?」


「いいやだめだ。どうしても彼に会いたいというのなら、キャンプの外で彼を探すことだな。キャンプの外なら、彼が誰と接触しようが、おれたちには関係ないことだ」男は意地の悪い笑みを浮かべて言った。この広い廃墟の街から人を一人見つけ出すことは容易なことではなかった。


「なら、わたしがこのキャンプの一員になったら問題ないの? そうしたらキャンプの中に入れる?」


「このキャンプはもう新しいメンバーを受け入れちゃいないからそれは無理だな。いいか。あんたらはこのまま回れ右をしてもと来た道を引き返すほかに選択肢はないんだよ」


 暁昴は男のあまりな物言いに今にも食って掛かりそうだった。ぼくは彼女の腕を引いて、男をこれ以上刺激しないように注意を払いながら、男の言ったとおりに元来た道を引き返した。キャンプが十分見えなくなるまでの間、彼女は黙り込んで、うつむいたままだった。


「そう簡単に入れてもらえると思っていたわけでもないだろ」ぼくは言った。


「わたし、やっぱり」彼女は立ち止って、キャンプの方を振り返った。「やっぱり戻るわ」


「よせよ。戻ったところであの見張り番が入れてくれるわけがないんだから」


「こっそり入るわ」彼女は言った。「ここまで来て、会わないわけにはいかないのよ。わたしは、どうしても富張北斗って人に会いたいの!」


「よく分からないんだけどさ。どうしてそんなにそいつに会いたいんだ?」

 

 彼女は黙り込んだ。


「別に、言いたくないなら無理に聞き出そうとは思わないけどさ」


「ありがとう。あなたって案外優しいのよね」彼女は微笑んで言った。


「ただし、こっそりキャンプに潜り込むっていうのは無理だと思うけどな」


「どうして? 見たところ、あの人たちの見張りを潜り抜けることは簡単な気がするけど」彼女は言った。確かに、キャンプを取り囲むようにして配置されている見張り番の間隔は非常に開いていて、とても監視の目が行き届いているとは言い難かった。が、連中も見張り番がキャンプに侵入してくる者をすべてはじくことが出来るとははなから信じてはいないのだろうと思った。


「問題はそこじゃない」ぼくは言った。「たいていのキャンプ――とくに見張り番を立てたりして外敵の侵入に警戒をしている連中――は、キャンプの中で互いに互いを監視し合っているものなんだよ。見知らぬ不審なやつがいたら、すぐに捕まってリンチに遭うのがまあオチだな」


「あなたのキャンプでもそうなの?」


「そうさ。もっともうちのキャンプはあんたみたいな流れ者を受け入れることもあるから、新顔の奴でもそこまで過剰に反応したりはしないけど。でも、連中は別だ。あそこは完ぺきに最初にキャンプを結成した時のメンバーしか受け入れていないタイプのキャンプだ。そんなところに部外者のあんたがほっつき歩いていたら、一発で捕まるだろうな」


「じゃあ、こっそり侵入して富張北斗を探すことは無理なの?」


「命が惜しくないなら止めないけどな。おすすめはしない」


「ねえ、宙太くん。わたし、今回の件に関してなら命だってかけても構わないと思っているのよ」彼女は言った。


 ぼくはその言葉に心底驚いた。そのセリフは暁昴には似つかわしくないように思えた。ぼくは彼女のことを何も知らないし、そんなことを判断する術もないのだが、なぜだか彼女にはふさわしくないと思った。また、彼女にそこまで言わせる理由というものがいったい何なのか少し気になった。が、すぐにそんな思考は振り払った。ぼくがどう感じようと彼女には関係がないのだ。彼女の問題は、あくまで彼女の問題であるためだ。


「行くのなら、一人で行くんだな」ぼくは言った。「ぼくは一緒に行けない」


「ええ、分かってる。ここまで案内してくれ、ありがと」暁昴が言った。


 彼女が踵を返して、連中のキャンプに引き返そうとした、その瞬間――地響きとともに地面が揺れたかと思うと、すぐ近くで空気を揺るがす大爆音が聞こえた。それから地面から空に向かって舞い上がる大小無数の瓦礫が見えた。それはあまりにも不意に、唐突に起こったことだったので、ぼくも暁昴も全く反応することが出来なかった。


 宙を舞っている瓦礫の中には、建物の壁が丸々浮いているのも見えて、それでこれはただ事ではなく、何かしらの超能力が働いているのだということを悟った。それらは、やがて上昇する力を失い、地面に叩きつけられた。ズンッ、と地面が沈みこむように揺れ、大量の砂煙が舞い上がった。


「な、なに⁉」暁昴が瞠目して言った。


「超能力者が戦ってるんだ!」ぼくが叫ぶその間にも、地面を震わせる振動は間断無く続いていた。


「超能力者って、またこの間の食料の奪い合いみたいな……?」


「たぶんね」そこでぼくは気が付いた。戦いが徐々にこちらに移動してきているのだ。「こっちだ。早く来い」ぼくは暁昴の手を引くと、すぐさま丘のように瓦礫が積み重なっている廃墟の裏手へと身を隠した。


 瓦礫をよじ登り、先ほどまでぼくらがいた場所を見下ろすと十数名の男たちがけたたましい破砕音と土煙とともに現れた。連中は一人を除き、全員が黒いマントを羽織っていて、フードで顔は覆われていた。で、マントを羽織った連中が、羽織っていない壮年の男を取り囲んで攻撃を仕掛けているようだった。多勢に無勢で壮年の男に成す術などなさそうに思えたのだが、しかし男は見事な身のこなしと念動力を駆使し、マントの連中のかわるがわる繰り出される攻撃を見事に回避して見せていた。終始壮年の男の顔に困惑が張り付いていることにぼくは気が付いた。それでこの戦いがマントの連中から一方的に仕掛けられたものなのだろうとあたりを付けた。


 次の瞬間、ぼくはさらに驚くべきものを目撃した。迫りくる三人のマントの連中に対して、壮年の男が気合の掛け声とともに手をかざし、力強く振り下ろすと三人のマントの連中は見えない錘に押しつぶされたように地面にくぎ付けにされたのだ。三人は重さに耐えられないというように地面に完全にうつぶせになると、もう一切の身動きが取れなくなっていた。それどこら身体に加わる圧力が強く、意識すらも手放している者もいた。


「まさか!」ぼくは思わず叫んだ。「まさかあれは……超重力か!」


「超重力?」暁昴が訊ねた。


「ああ、そうだ。間違いない。あれは超重力の超能力だ」


「そんな超能力があるの? わたし、聞いたことが無いんだけど」


「あるよ。ぼくらは超能力について何も分かっていないけどさ。分かっていることも少しだけだけどある。その一つが、普通の念動力みたいな超能力を発現した奴ならだれでも扱える超能力以外に、その人だけにしか扱えない能力を合わせて発言する奴もいるってことだ」


「じゃあ、あの人が使っている超重力っていうのもあの人だけの能力ってこと?」


「ああ」


「でも、よく分かるわね。あれが超重力だって。わたしは何が起きてるのか、さっぱり分からないけど」


「うわさで、聞いてたからな。超重力っているめちゃくちゃ強力な超能力を持ってるやつがいるって」


「そうなの」暁昴は言った。その視線はすでに繰り広げられている戦いへと戻っていた。


「超重力っていうのはさ。あいつの超能力なんだよ」ぼくは何とも複雑な感慨で言った。「――富張北斗の」


 暁昴ははじかれたようにぼくのことを振り返った。「それ、本当⁉ じゃあ、今あそこで戦っているあの人が富張北斗さんなの⁉」


「そうなるね。ぼくも顔を見たことはないから断言はできないけど、あんな能力はそうそうない。間違いないと思う」


 富張北斗の背後からさらに複数名のマントの連中が迫った。彼は連中の一人が念動力で操るナイフに足を刺されて短くうめいた。が、それだけだった。すぐさま振り返り、連中をすべて超重力で地面に叩き伏した。マントの連中は地面から身体をはがすことが出来ず、うめくばかりだった。


 それを見て、決着がついたとぼくは思った。おそらくは富張北斗もそう思ったことだろう。しかし、見れば最初に超重力の餌食になった三人のうちの一人が、超重力下の中で立ち上がって見せたことで、ぼくらの予想は覆された。


 立ち上がった男は超重力をものともせずに、一歩足を踏み出した。足が地面につくと、小さなクレータのように地面がへこんだ。重力の圧力のせいだった。それで、勝利を確信したのは男の方だった。富張北斗の超重力の影響下で男は駆け出し、瞬く間に彼我の距離を埋めに掛かった。


 男が足を踏み出すたびに、地面にへこみが生まれた。そして、勝利を確信して油断をしていた富張北斗の胸を手刀で貫いた。そのすべてが人間業ではなく、男の超能力であることを物語っていたが、それがどのような能力なのかはぼくには分からなかった。ただ、富張北斗の背中から突き出る赤々と染まった男の右腕が印象的だった。


 富張北斗の超能力が解け、地面に押し付けられていたマントの連中は全員自由の身となった。富張北斗はもはやぴくりとも動いてはいなかった。手刀を突き刺したままの男の狂ったような哄笑があたりに響いた。男が腕を引き抜くと、富張北斗の身体は地面に崩れ落ちた。男は富張北斗を足で蹴り飛ばし、仰向けに変えた。それから身体をまさぐった。しばらくして、男が身体を放した。彼の手には黒い、掌サイズの球が握られていた。一見してそれは材質が分からなかった。堅そうでもあったし、柔らかそうでもあった。連中はその黒い球を見て、興奮しきっていた。甲高い笑い声が聞こえてきた。


「なんだ、あれ」


「たぶん、あれが《ルーナイト》よ」暁昴が言った。


「《ルーナイト》? 夕星が言ってたやつか。そんなバカな。あれは実在しないに決まってるんだから」


「どうしてそう言い切れるの?」


「逆に聞きたいな。どうしてあんたはあれが《ルーナイト》だって言い切れるんだ?」


「わたしはキャンプでいろんな人から色々なうわさを聞いて回っていたの。それはあなたも知ってるよね?」


「ああ」


「その中でだれが《ルーナイト》を一番持っていそうかを訊ねた時に、たいていの人が富張北斗の名前を挙げたのよ」


「そんなのはただのうわさじゃないか」ぼくは言った。「つまりあんたはそのうわさを信じて、《ルーナイト》の存在を立しけ目るために富張北斗に会いにやって来たってことか?」


「違うわ」彼女は被りを振った。「わたしにとっては《ルーナイト》なんて何の興味もないわ。ただ、《ルーナイト》を持っているという富張北斗に一つだけどうしても確かめなくちゃいけないことがあったのよ」


 男たちは黒い球を見つけると、富張北斗が所持をしているかもしれない食料などを探すそぶりもなく、その場を立ち去った。


 すぐさま暁昴が立ち上がって、マントの連中と入れ替わりで富張北斗の下に駆け寄った。彼女が富張北斗の傍らに膝を着いたとき、驚くべきことに彼はまだ息をしていた。と言ってもすでに虫の息で、いつ呼吸が止まってもおかしくはなかった。意識も混濁しているようで、おぼろげな眼で傍らの暁昴の顔を見つめていた。


「ねえ、しっかりしてよ!」暁昴が言った。


「……」富張北斗は何かを発しようと口を動かした。が、声は出ず、代わりに血が込み上げてきて口の中を満たした。口の端で血の泡がブクブクと泡立っていた。


「しっかりして!」暁昴はなおも構わずしゃべり続けた。「わたしはあなたに聞きたいことがあるの!」彼女は懐から銀のロザリオを取り出して、富張北斗に見せつけた。ロザリオからは銀の鎖が続いていて、本来はそれがネックレスであることが窺い知れた。「このロザリオ! これを持っていた人間に心当たりはある⁉ あったことはある⁉ 死ぬ前にこたえて!」


 果たして富張北斗は彼女の質問を正しく理解したのか、それは分からなかった。そもそも彼女の声が届いているのかさえも判然としなかったのだ。が、それでも富張北斗は最後の力で被りを振った。直後、彼の身体から力が一気に抜けたのをぼくは見て取った。富張北斗が死んだのだ。


 暁昴はじっと、黙ったまま微動だにすることなく富張北斗の死体を見つめていた。ぼくはそんな彼女を眺めていた。ぼくの心の中に渦巻いていたのはあのロザリオは一体何で、暁昴という女は何者なのだろうかという単純な疑問だった。

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