ルーナイト
共に食事をしたわずかな時間の間で暁昴と
男性側の意見としてぼくの意見が求められることもあった。彼女たちは男から見てあの手の男はどう見えるかと訊ねた。ぼく自身はあの男にそこまでの興味もなく、ともなって特にこれといった感慨もなかった。が、そんなことを言えば二人の不興を買ってしまいそうだったので、ろくな男じゃないな、と答えた。二人は納得してくれて、再び二人だけの会話に戻った。ぼくは彼女たちの会話に耳を傾けながら食を進めた。
しばらくそうして二人で話をしていたかと思うと、唐突に暁昴がこちらを振り返った。「そういえば、さっき言っていて気になったんだけどさ。このキャンプって何か揉めてるの?」
「どうして?」ぼくが言った。
「だって、あなたが言ったんでしょ。今、キャンプは二分されているって」
「ああ、確かに言ったな」ぼくは頷いた。特に意識をしてしゃべったセリフではなく、ただ無意識に口から勝手に零れ落ちた言葉だったので、思い出すのにしばらく時間を要した。「別に、そんな大した問題でもないんだけどな。ほら、あそこの連中が見えるか? あそこだよ」ぼくは空になった食器を脇に置いて、数メートル離れた別の焚火を囲んでいる集団を指さした。集団はそれなりに人数が多く、男がいればわずかだが女もいた。集団は二つのグループに分かれていて、互いに議論をしていた。
「あの人たちは?」
「連中はこのキャンプ内で超能力もを持っている人間をどう扱うかで意見が対立してるんだよ」
「それってつまりどういうこと?」
「一方は超能力者は強大な力を持っていて、普通の人間じゃ到底太刀打ちできない化け物だからキャンプから排除すべきだって主張している連中で、もう一方は別のキャンプが襲ってこようとすることに対して、超能力者は抑止力になるって主張している連中。つまり超能力者に身を守ってもらおうって考えてってことだな。このキャンプじゃこの二つの主張を持っている連中が度々ああして言い争ってるんだよ」
暁昴は逡巡して、「それって意味あるの?」と言った。
「まあ、無いだろう」ぼくは答えた。「今このキャンプにいる超能力者は全体のおよそ二、三割程度だけど、それだってお調子者が超能力を自慢したくて見せびらかしたからわかっている人数だからな。超能力を持っているけど隠している奴だって当然いるだろう。そいつらと超能力を持っていない人間を見分ける方法なんてないんだから、超能力者を追い出そうが、抑止力として扱おうとしようが、どちらにしてもその議論に対した意味はないよ」
「なら、さっさとどちらかに決めてしまえばいいじゃない。
「慧さんは決めないよ。慧さんがキャンプに対して何か命令や決め事をするのはキャンプの存続にかかわって、誰かが先頭に立たないといけないときだけだから。それもキャンプに所属している連中の目的意識が一つの方向に向いている時だけ。慧さんはそういうリーダーだから対立する二つの意見をまとめたりは出来ない。それをしたらキャンプが分裂するってことを理解しているからな。所詮このキャンプにいる連中の結びつきなんてその程度のものなんだよ。利害が不一致になればバラバラになる。それだけだ。でもみんなキャンプからは出たくない――なにしろキャンプにいる間は少なくともすぐに飢えることはないからな――だから、議論するのさ。利害を一致させるために」
「そう」暁昴は短く頷いた。「ちなみに、あなたはどっちの主張に賛成なの? このキャンプ内のすべての超能力者が明らかになったとしたら。あなたはどっちの意見に賛成?」
「どっちでもいいよ」
「もー。それじゃあつまらないでしょ」暁昴は口をとがらせて言った。「じゃあ夕星は?」
「そうねー。私は超能力者の人たちに守ってもらうのがいいんじゃないかって思うわ」夕星が言った。
「どうして?」
「だって、やっぱりいざというときに頼れる人たちがいると安心するじゃない」
「そういうあんたはどっちなんだ?」
ぼくが訊ねると、暁昴は迷うことなく「一緒のキャンプにはいない方がいいと思う」と言った。あまりにもきっぱりした物言いにぼくは少し驚いた。
「それはまたどうして?」
「だって、超能力者って信用できないでしょ? 何をしでかすか分からなもの」
「超能力って言えば」と夕星は思い出したように言った。「最近こんなうわさを聞いたのよ。――《ルーナイト》って知ってる?」
「《ルーナイト》? なんだいそれ」
「聞いたことないなぁ」
ぼくと暁昴は互いに眉根を寄せた。
「超能力者の人たちの間ではもう有名な話らしいんだけどね。《ルーナイト》っていう石があって、その石を超能力者が持つと超能力の力がとても強くなるんですって」夕星が言った。彼女の口調は誰かから聞いた話をそのまま話している風だった。そしてそれは間違いではないのだろう。
「バカらしい」ぼくは言った。「そんなの迷信に決まってる。大体、どうして突然超能力なんてものが出てきたのかもろくに分かっていないのに、なんでそんなことが分かるんだ?」
「実際に《ルーナイト》を手にした人がいたみたいよ」
「そいつは誰だよ」
「それは分からないけど」
「ほら、やっぱり。デマだって。そんな話はね」
「私だって本気で信じているわけじゃないのよ。でもね。もう問題は本当かウソかなんてことは関係がないことなのよ」夕星が言った。「超能力者の一部の人たちは《ルーナイト》のうわさを信じて、力が強いとうわさされている超能力者の人たちを殺して回っているということが、うわさではなく事実としてあるということなの。《ルーナイト》を持っているかどうかを確かめるためにね。そして、もし持っていたら」
「自分のものにするつもり、か」ぼくはため息をついた。「でもそれはそこまで心配することじゃないだろ。超能力同士の殺し合いなんて、もう珍しくもない。毎日どこかしらで超能力者同士の殺し合いは起きているんだ。それが《ルーナイト》っていうよくわからない代物なのか、食料をめぐってのためのものなのかの違いだけでさ。どのみち、ぼくたちには関係ないことだよ」ぼくは空になった器を持って立ち上がった。
「あら、もう行くの?」夕星が言った。
「ああ。食事も終わったしな」
去り際、ぼくは暁昴のことを見やった。彼女はうつむいていて、顔は見えなかった。が、どうしてそうしているのか、ぼくは深く考えることもなかった。彼女から視線を逸らすと今日はもう寝てしまって、明日に向けて備えなければという考えが頭を埋め尽くした。
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