第18話 悪魔の素顔

 2022年8月下旬 デトロイト

 アクサナは自宅に侵入してきたフルフェイスを被った男にレイプされるが、男が去った後、彼女は何事も無かったかのように掃除を始める。レイプの一報を聞いたアクサナの友人たちは警察へ通報することを勧めてきたが、アクサナは過去のトラウマから警察に不信感を抱いており、被害を相談する気になれない。


 アクサナはレイプ犯が自分の知り合いだという確信を強めていった。ネズミの死骸がアパートの郵便ポストに入れられるという事件が起こり、アクサナはまず反抗的な新人社員社員スティーブンを疑う。スティーブンはスポーツカーマニアな為に自動車工場に入社したが、体力がないことから他の社員から問題児扱いされていた。

 そんな状況下で、アクサナは自宅の外に不審な男がいることに気がつく。アクサナは撃退スプレーを噴射したが、その男は元夫のゴードンであった。アクサナの身の安全を案じてやってきたのである。この騒動の後、アクサナは自分に恋慕していた別の従業員がネズミの死骸を送付したことを知るが、その男はレイプ犯ではなかった。


 ある夜、アクサナの自宅にフルフェイス男がふたたび侵入してきたが、アクサナは揉み合いの末にマスクをはぎ取ることに成功した。レイプ犯は近所に住むレオパルドだった。レオパルドは不動産業を営んでいたが、破綻して恋人に振られ野獣と化して、アクサナを襲ったのだ。

「僕と一緒に天国に行こう」

 レオパルドはダガーナイフを握りしめ、イヒヒヒと不気味に笑った。

 乾いた銃声が響き、レオパルドの胸から真っ赤な血が迸った。

「アクサナ大丈夫か?」

 リビングのドアのところに兄のミルコが立っていた。

「アニキ……」

「俺はどうしょうもない人間だ」

 幼い頃から悪いことばかりして母親のことも殴ったりしていた。

「そうね?襲われたのが私じゃなくて、アンタだったらよかったのに」

「ちっ、畜生……」

 死んだと思っていたレオパルドが床に転がっていたダガーに手を伸ばした。

「くたばれ、ゴミ虫!」

 ミルコはマカロフでトドメを刺した。

 マカロフは、第二次世界大戦後、戦前からの軍制式であった大型拳銃のトカレフTT-33に代わるものとして開発され、1951年に制式採用された。名称は、主任設計者のニコライ・フョードロヴィチ・マカロフ(ロシア語: Никола́й Фёдорович Мака́ров)にちなむ。


 その設計には、ドイツのカール・ワルサー社が1929年に開発したワルサーPPが大きな影響を与えている。作動方式は単純なストレートブローバック、撃発方式はダブルアクションとシングルアクションの兼用であり、また、スライド左側面後方には手動式の安全装置が装備されている。これらのシステム一切、そして、全体のフォルムの多くは、ワルサーPPのそれを踏襲したものである。独自のアレンジとしては、スライドストップレバー(遊底止め)が追加されている。


 在来制式モデルのTT-33は安全装置を欠くために実用上大きな不便があり、その点で本銃は大きく改善されている。なお、ワルサーPPと同様に、この安全装置にはデコッキング機能が付加されており、安全装置をセーフティーポジションにすると撃鉄のコッキングは解除(デコッキング)される。安全装置を作動させる方向はワルサーPPとは逆で、レバーを下から上へ向かって押し上げる。


 使用弾薬は、拳銃の戦場での重要性が薄れたと判断した軍部によって、ドイツが第二次世界大戦末期にワルサーPP向けに開発した9mmウルトラ弾(9x18mm)をソ連向けにアレンジした9x18mmマカロフ弾が新開発されて採用された。9x18mmは、ストレートブローバックの拳銃で実用上安全に運用できる最大限の弾薬と考えられていたが、のちにはボディアーマーの普及に対応するため、マカロフ弾をもとに強装化したマカロフPMM弾も開発され、これを使用可能な構造強化型が生産された。PMM弾は、従来のマカロフ弾と同寸なので、PMM弾対応の拳銃で従来型PM弾を使用することはできるが、その逆は安全上、行うべきではない。


 なお、弾倉の脱着スイッチについては、原型となったワルサーPPでは通常、迅速な弾薬の再装填を可能とするために握把の左側面上部にボタンが設置されているのに対して、本銃では構造・生産性の簡易さを優先し、握把の下面にレバーを設置する簡略な方式になっている。親指でボタンを押すだけで弾倉を抜ける側面ボタン式に比べ、弾倉の素速い交換には不利であるが、軍用拳銃が実質的には補助兵器に過ぎないという実情を考慮すれば、相応の妥協と言える措置である。


 また、本銃のファイアリングピン(撃針)にはリターンスプリングがない。そのため、ファイアリングピンは組み付け状態においても、前後へ自由に動く。もっとも、ファイアリングピンの質量はごくわずかなため、大きな慣性力が働くまでには至らず、弾薬の雷管を誤って突いて暴発事故を起こすことはない。むしろ部品点数を減らし、スプリングの折損による故障を予防する効果を期待できる。

 ミルコはユタカを殺したときのことを思い出し吐き気をもよおした。


 富豪の真牡蠣家の当主、真牡蠣亮介の葬儀が執り行われた後、宏壮な邸『真牡蠣邸』で親族が一堂に会した中、莫大な遺産の分配が伝えられた。遺産の大部分は亮介の弟、俊介の妻の奈緒と、妹の京香、甥の武彦、2人の甥の光博と大志に6等分されるという内容であった。自分の取り分を聞いて素直に喜んだ末弟の昭は、小首をかしげて無邪気に言い放つ。


「だって、アニキは殺されたんでしょう?」

 昭は少し頭が弱く、子供のころから思いついたことを何でも口にする性格で、皆から無邪気すぎて困ると言われていた。そのため、その発言を誰もまともには取り合わず、その場では受け流された。その一方で、昔から昭の発言には真実が込められていたことから、亮介の遺言執行者を務める弁護士の立川鑑三をはじめ、帰途に就く親族たちの心にかすかな疑惑がしこりのように残った。その中、亮介の亡き弟の妻奈緒は、昭が発言したときの光景の中に、何か妙なもの、あるはずのないものがあったような気がしていた。


 その翌日、昭は自宅で斧でずたずたに斬られて殺されているのが見つかる。家政婦の証言によれば、亮介は死ぬ3週間ほど前に昭を訪ね、何事かを話していたとのことであった。果たして昭は、亮介の死について何かを知っていたから殺されたのだろうか?

「アイツの……豊の呪いよ」

 京香は甥の豊の死に顔をまざまざと思い出した。

 真相を知りたい立川は、世界的な名探偵のウィルソンに調査を依頼する。しかし、その矢先に家政婦の毒殺未遂事件が発生する。

 

 デトロイトは1701年にフランスの探検家アントワーヌ・ロメ・ドゥ・ラ・モト・スィゥール・ドゥ・カディヤックがフォート・デトロイトを築いたのが始まりとされる。アメリカの自動車メーカーであるゼネラルモーターズが展開している高級車ブランドのキャデラックは、彼の苗字に因んでいる。


 1805年の大火の後、計画都市として裁判官のオーガスタス・ウッドワードによって都市設計され、その後ピーター・シャルル・ランファンへと引き継がれる。元々、馬車や自転車製造が盛んだったが、1899年に自動車工業が興る。


 そして1903年にヘンリー・フォードが量産型の自動車工場を建設、「T型フォード」のヒットとともに全米一の自動車工業都市として発展した。後にゼネラルモーターズとクライスラーが誕生、フォード・モーターと共にビッグ3と呼ばれた。パッカードなどそれ以外の自動車メーカーもあり、市はモーターシティと呼ばれるようになり、全盛期には180万の人口を数えたが、その半数が自動車産業に関わっていた。


 デトロイトの繁栄を支えた要素の一つとして南部から移住してきた多くのアフリカ系アメリカ人労働者の存在があった。彼らの多くは低賃金の仕事のみを許され、ゾーニングによってスラムと認定された地域に押し込められていた。しかし、1948年に行われたシェリー対クレーマー事件の最高裁判決によって、白人の居住地域から黒人を締め出すことが違憲とされたことから、反発を受けながらもデトロイトの黒人居住区は拡大を始め、対してホワイト・フライトと呼ばれる白人の郊外への脱出現象が出現する。同時期に自動車産業も郊外へと移転が行われるようになり、デトロイトは1948年から20年の間に13万人の雇用を失った。


 1967年7月にはアフリカ系アメリカ人による大規模なデトロイト暴動が市内で発生し多数の死傷者を出し、ホワイト・フライトは加速した。 1970年代頃から安価で安全、コストパフォーマンスに優れた日本車の台頭により自動車産業が深刻な打撃を受けると、企業は社員を大量解雇、下請などの関連企業は倒産が相次ぎ、市街地の人口流出が深刻となった。同時に、ダウンタウンには浮浪者が溢れ、治安悪化が進んだ(インナーシティ問題と呼ばれる)。


 この様な状況を見て、1970年代にはダウンタウン周辺に高層ビル・コンプレックス「ルネサンス・センター」(GM本社がテナントに入った)を建設したが好転せず、日本がバブルを謳歌していた頃、特に市況はどん底に陥っていた。荒れ果てた市街地を逆手に取り映画「ロボコップ」などのモデルとなったのもこの頃である。


 事態を重く見た市は、1990年頃から大規模な摩天楼が林立するルネサンス・センターをシンボルに都市再生を目指し、ダウンタウンには新交通システム(英: People mover - ピープルムーバー)が設けられている。日本総領事館も、邦人から治安のいい郊外に設置するよう強い希望があったが、デトロイト市行政当局の運動に協力する意味合いを含めて市街地に設置した経緯がある。また、自動車以外の産業を育てるべく、映画産業の振興も行った。


 だが、限られた街区を更地にして巨大オフィスビル群を建設するルネサンス・センターの手法は、周囲の荒廃した地域に及ぼす波及効果が低く、都市再生の手法としてはあまり成功していない。依然としてダウンタウン周辺の空洞化は続いており、ダウンタウンには駐車場や空地、全くテナントのいない高層ビルも多く、具体的な解決を見ていない。また、富裕層は郊外に移住、貧賤な層が取り残され、治安の改善もあまり進んでいないのが現状である。荒廃した地域では一戸建ての住宅が1ドルで販売されているところもある。


 2009年のゼネラルモーターズ破綻、そしてクライスラー破綻とその後の経営状態の回復、世界5大モーターショーの一つである北米国際オートショーの伝統的な開催地となっている他、自動車の殿堂、ヘンリー・フォード・ミュージアムを初めとする自動車関連の博物館など、自動車産業は観光にも少なからず貢献している上に、依然として自動車会社がデトロイトが全米随一のモーターシティーとして君臨するための貢献を果たしているが、いずれの自動車会社も経営改善を進める中で生産設備の海外移転が進み、これらの自動車会社の先導によるデトロイトの再開発は悲観的となった。


 なお、2011年あたりから他業種の研究機関などもミシガン州を中心に進出が相次ぐなど、全米の他都市と比較しても経済状況は回復しつつあり、2011年の1月から2月の間に、失業率が約1%減少するなどしている。それだけに、市は治安、特にインナーシティの環境改善が急務であり、1920年代に建てられ荒廃したままになっているビル群の再開発・再利用や、郊外企業のダウンタウンへの移転などに取り組んでいた。


 しかし、2013年3月にミシガン州知事は、デトロイト市が債務超過の状態にあることからその財政危機を宣言し、緊急財務管理者を任命した。それに伴い、同年6月、スタンダード&プアーズは、財政破綻の懸念からデトロイト市の格付けをCCCマイナス、見通しをネガティブに引き下げた。


 2013年7月18日、財政破綻を声明し、ミシガン州の連邦地方裁判所に連邦倒産法第9章適用を申請した。負債総額は180億ドル(約1兆8000億円)を超えるとみられ、財政破綻した自治体の負債総額で2013年当時において全米一となった。


 市の発表している統計では、子供の6割が貧困生活を強いられており、市民の半分が読み書きもできず、市内の住宅の1/3が廃墟か空き部屋となっており、市民の失業率は18%に達する。また、警官が通報を受けて現場に到着する平均時間は、人手不足のために58分かかる。


 それから数年後、2018年現在のデトロイトの失業率は7%台にまで回復するなど、急激に景気が回復しており、また、全米各地から労働人口が流入している。スラム化したダウンタウンには活気が戻り、空洞化したオフィスビルには人が出入りしオフィス占有率は90%台まで回復、激減した市域人口も下げ止まりした。下落した地価を逆手に取って、安い賃金を武器に積極的なスタートアップ企業やエンターテイメント産業を誘致した結果である。


 また、多くの市民もデトロイトの再興を実感し始めており、雇用者は増大し、生活水準も大幅に改善されている。デルタ航空がハブ空港を置き、Q LINEという路面電車(LRT)も稼働開始した。ウォーターフロント地区の再開発を皮切りに、スポーツやカルチャーに新たな資金が投入されている。その一方で急激に変化した地価、家賃、郊外に居留まる富裕層を呼び戻す動線、公共交通網の不足など課題も山積みの状態である。


 また、主要産業の一角であって自動車産業も「国内の雇用回復」をモットーとしたドナルド・トランプの経済政策により、メキシコなどへの工場の海外流出が阻止された一方で、国内工場誘致に対する優遇制度、企業法人税などの減税により、フィアット・クライスラー、ゼネラル・モーターズ、フォード・モーターともどもデトロイト近郊の工場の雇用拡大を実施することが実現し、数千人単位の雇用が戻った。フォード創業家会長は北米国オートショーにて「デトロイトは、カムバックした街の仲間入りを果たした」と宣言しているなど、回復が見られている。また、それに付随して産業用ロボットなどのロボット産業が盛んとなっており、ABB、川崎重工、ファナックなどが研究開発、製造拠点を置くなど、全米最大規模のロボット産業都市となっている。

 

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