第16話 Sの正体

 2021年12月18日の未明、新潟県湯沢町の民家に何者かが侵入してアカマル・イクエ、ウサミ・オリビア、カキモト・キョウヤ、クサツ・ケイタの4人を殺害後、建物に放火した。同居していたコジマ・サイトは外出していたため家におらず無事だった。


 午前4時25分頃、近隣の住人から119番通報があった(出火は午前4時すぎと思われる)。当初は事件性のない民家火災と思われたが、室内の灯油を撒いた跡や遺体にも損傷の痕跡があったことなどから、新潟県警察はすぐさま殺人放火事件の捜査に切り替え、特別捜査本部が設置された。


 犯人の侵入経路は正確には分かっていない。玄関や勝手口(台所および風呂場前の通路に繋がる)の他、1階の窓は全て鍵が閉まっており(高熱で変形し確認できない窓もある)、唯一2階のカキモトの部屋の窓は網戸だったことから入ることは可能だったが、2階に上るための梯子をかけた跡など犯人の侵入した形跡は見つからなかった。車庫内の所定の場所(物置)に勝手口の鍵が隠されていた(用事で帰宅時間が遅くなるため、コジマがカキモトにメールで置くよう頼んだもの)が、この鍵は同場所から発見されており、犯人が入出時に使用したか不明である。


 被害者宅では犬を飼っていたが、事件発生時に「犬の吠える声」は近隣住人に聞かれていない(普段はよく吠えていた)。また、首輪も外されており、火災時には被害者宅の車の下に隠れ生存している。


 灯油の撒かれた跡は遺体周辺の他、被害者宅の広範囲に及ぶが、一方で被害者宅には灯油が元々なかったとされており、犯人が持ち込んだものとみられている。被害者宅から散乱したマッチの燃えかすや灯油が染みこんだ新聞紙も発見されており、火をつけて逃走し逃げる時間を稼いだ可能性も考えられる。また、被害者宅周辺(庭や犯人が逃走したと思われる道路など)からは犯人の血液反応が出ておらず、殺害時に返り血を浴びた犯人が着ていた衣類なども現場で一緒に焼却した可能性がある。その他、犯人の遺留品などは見つかっていない。


 犯人が貴金属類や預金通帳などに触れた形跡はない。また、被害者宅から見つかった財布には現金が入っていなかったが、犯人により抜き取られたかは不明である。被害者宅から燃え残った現金が発見されたという報道もある。


 被害者宅周辺は住宅街ではあったが、事件当時は街灯が少なく夜は比較的暗かった。


 被害者の性別によって殺害方法が異なっていた。イクエとオリビアは刃渡り約20センチのサバイバルナイフで顔や背中など十か所以上を執拗に刺されたことによる出血性および外傷性ショック死とみられる。刺創幅は3センチ程だが、イクエは一部が肺に到達している深い傷もあり、オリビアは刺されたときの強い衝撃で肋骨が折れていた。刃こぼれの形跡はない。


 カキモトとクサツには刺し傷がなく、金属製(バールなど)の鈍器のようなもので殴られたことによる頭部の損傷(数センチほどの陥没骨折あり)が確認され、それぞれ急性クモ膜下出血、脳挫傷が死因となっている。何度も殴られた痕跡はない。


 被害者の遺体には抵抗した痕跡(防御傷など)がなく、寝ているときに襲われた可能性が高い。肺に溜まった煤の状況から4人は放火後もある程度生きていた可能性がある。また、同じく煤の状況からカキモト、クサツ、イクエ、オリビアの順に死亡したと考えられるが、上記殺害行為がこの順序で行われたかは不明である。


 午前4時頃、女性の悲鳴が近隣住人に聞かれたとする報道もある。犯行は30分ほどと比較的短時間で行われたものと思われる。この他、2階で発見されたオリビアとイクエの遺体には発見時、布団がかけられていた(カキモトとクサツの遺体は1階の居間で発見されている)。


「オリビアとイクエは犯人と親しかったのでは?やむなく殺したような印象を受ける」

 シラトリ・スザクが言った。

 また、2021年12月1日の午後8時半頃に、何者かが被害者宅の玄関のドアを「ガチャガチャ」と無理やり開けようとしている。また、5日には被害者宅方を見る不審者も目撃されており、施錠などに気を配り一家の防犯意識は高まっていた。

 消火作業をしていた地元の消防団員が、現場付近で不審なワゴン車(トヨタ・ハイエースのスーパーGL、緑色、尾張小牧ナンバー)を目撃している。30 - 40代の男が運転していたという。

 出火時刻より少し前の午前3時40分頃、被害者宅付近(約200m)の脇道から県道に出てきた軽乗用車(青っぽい車体、尾張小牧ナンバー)が目撃されている。

「ところで、ウィルソン?Sは見つかったのか?」

 シラトリははんぺんを食べた。俺たちは尾張小牧市の名物おでん屋に来ていた。シラトリは大のおでん好きだ。おでん(御田)は日本料理のうち、煮物料理の一種である。鍋料理にも分類される。


 鰹節と昆布でとった出汁(だし)に味を付け、さつまあげ・はんぺん・焼きちくわ・つみれ・蒟蒻(こんにゃく)・大根[・芋・がんもどき・ちくわ・すじ(牛すじ)・ゆで卵、厚揚げ、その他いろいろな種を入れて、長時間煮込む。おでん種、つけだれの種類は地域や家庭によって異なる。


「おでん」は元々、田楽を意味する女房言葉である。田楽、もしくは味噌田楽は室町時代に出現した料理で、種を串刺しにして焼いた「焼き田楽」のほか、種を茹でた「煮込み田楽」があった。江戸時代になって「おでん」は「煮込み田楽」を指すようになり、「田楽」は「焼き田楽」を指すようになった。


 素材にもよるが、前処理として下茹でや油抜きなどした上で、つゆに様々なおでん種を入れて調理を行う。地域や店により種やつゆの違いも大きく、子供が買うような駄菓子屋から、屋台、専門店、コンビニエンスストア、比較的立派な日本料理店のメニューにまで、広く扱われている。家庭でも調理でき、家庭料理を扱う料理本にもしばしば作り方が書いてある。また、テレビの料理番組、旅行番組などで紹介されることもある。


 愛知県とその周辺地域(岐阜県美濃地方、静岡県西部など)では醤油味の汁のおでんについては「関東煮(かんとに)」と呼び、おでんといえば味噌おでんや味噌田楽を指していた。


 この「味噌おでん」は地域によって多少の差はあれど、八丁味噌をベースとした甘めの汁でダイコン、こんにゃく等の種を煮込む。味噌の煮汁には豚のモツやバラ肉を入れてどて煮にしたり、味噌カツのたれにされることも多い。また、だし汁ではなく湯で茹でた後、味噌をつけて食する味噌田楽(正確には煮込み田楽)もある。つける味噌は五平餅同様の甘味噌である。


 また、種でも薩摩揚げのことを「はんぺん」と呼ぶことが一般的だったが、最近ではテレビメディアや全国展開するコンビニなどの影響で、関東煮をおでんと言うことが増え、わずかながらも薩摩揚げとはんぺんを区別するようになった。


 名古屋のコンビニのおでん販売では、普通のおでんを売る店、味噌おでんを売る店、両方を売る店の三種類がある。一般に、中規模以下のコンビニで味噌おでんを扱う場合が多い。両方を売る店では、同じ大きさの容器で売る店もあれば、場所の関係上、普通のおでんの容器の一部分に味噌おでんの容器を置き、一品か二品程度を売る店もある。具は、しらたき(糸こんにゃく)、大根、(焼き)豆腐、卵、牛すじ等が多いが、普通のおでんと全く同じ具を扱う店もある。普通のおでんを買う場合も味噌だれの小袋が付く場合がある。


 Sってコードネームの諜報員がCIAにいることを俺は掴んでいた。

 Sは数奇な人生を送っていた。

 任務中の飛行機事故により重傷を負ったSは、医者の勧めにより、静養のために妹のロンドンとオアフ島へとやって来た。二人がオアフ島に居を構えてまもなく、差出人不明の手紙が届けられる。それは、「Sとロンドンが本当の兄妹ではない」という内容を下品な表現で文にした誹謗中傷の手紙だった。Sはバカバカしいと思い手紙を破り捨てるも、地元の医師・ワイアットに手紙のことを打ち明ける。するとワイアットは、オアフ島では以前から人々を誹謗中傷する怪文書が出回っていると話す。そしてこの怪文書事件は新たな悲劇を引き起こした。事務弁護士ロレンツォの妻であるロレナが服毒自殺を遂げてしまったのだ。


 手紙には、現夫のロレンツォとの間に生まれた次男のロリーが、ロレンツォではなく別の男との間に生まれた子供であるという内容が下品な表現で綴られていた。ロレナの遺体のそばには「生きていけなくなりました」というメモが残されていたことや、彼女が以前から神経衰弱気味だったことから、ロレナの死はこの手紙を苦にしての自殺と思われた。


 さらに事件は続き、今度はロレンツォ家のお手伝いであるロリが行方不明になる。彼女は行方不明になる少し前に、ナースのロビンに相談したいことがあると電話をしていたのだった。ロビンはロリとお茶を一緒にという約束をしていたが、現れなかったのだという。


 翌朝、Sはケータイの音で目を覚ました。相手はロシオ。ロレンツォの妻、ロレナが前の夫との間に授かった娘であった。ロシオは慌てた口調でSに「すぐに来て!」と話し、Sは悪い予感を感じつつロレンツォ家へと向かう。その悪い予感は的中した。行方不明になっていたロリは、階段の下の戸棚で他殺死体となって発見されたのだった。


 俺の話を聞き終えたシラトリは、「ロリってのはロリコンだったのか?」と、牛すじにカラシをたっぷりつけながら言った。

「話を聞いてなかったのか?ロリは女だぜ?」

「女だって年下好きはいるはずだ」

「真面目に仕事しろよ」

 

 小牧市

 6人の人間(ツダ・テツヤ、セト・ソウタロウ、トムラ・ナツキ、ニジハラ・ヌマオ、ウサミ・エイスケ、コジマ・サイト)が、1年前に死んだ美しいヒキタ・フユミのことを考えていた。フユミは名古屋市にある高級レストラン「ルクセンブルク」で催された彼女の誕生パーティーで、青酸が入ったシャンペンを飲んで死亡した。

 フユミは数日前から罹っていたコロナウイルスの後の鬱状態でひどく気分が塞いでいたことや、フユミ以外に彼女のシャンペンに毒を混入することは不可能であったこと、彼女のバッグの中から青酸を包んでいた紙が発見されたことから、彼女の死は自殺として処理された。


 フユミの莫大な遺産は、26歳のチヨコが27歳になるか結婚すると受け継がれることになった。ところがアイリスチヨコは、6ヵ月前にフユミが「豹(レパード)」と呼ぶ恋人宛の書きかけのラブレターを見つけてしまう。その頃、フユミの夫のヒキタ・タツヤ(婿)は、フユミは殺されたのだという匿名の手紙を受け取っていた。それ以来、タツヤは彼女の死に疑惑を抱いていた。


 タツヤの献身的で有能な秘書トムラ・ナツキは、フユミの死の6日前、フユミとチヨコの叔父ニジハラ・ヌマオの息子でろくでなしの悪党ヘイジを、犬山市へやっかい払いするために手切れ金を渡しにゆき、そこでフユミがいなかったらタツヤはナツキと結婚したはずだと吹き込まれ、自身もそう思い、フユミへの憎しみが生まれる。


 フユミの友人のSは、秘密にしていた「ショーン」という本名をフユミに知られてしまっていた。フユミの従兄のヒキタ・ミツルとSは刑務所での知り合いで、Sはフユミに、ひどい殺され方をしたくなければショーンのことは忘れるよう警告するが、彼女の口の軽さも知っていた。


 フユミの恋人は、野心家の政治家、カキモト・キョウヤだった。フユミはキョウヤとの結婚を望み、タツヤにすべてを打ち明けるとキョウヤに告げていた。そうなると、日本で最も勢力のある九条家から得た妻も、九条家の後ろ盾も失ってしまうことになるキョウヤは、窮地に追い込まれていた。一方、キョウヤの妻ケイコは、夫とフユミの関係に気付いていたが、愛する夫を失いたくないことから素知らぬふりをしていた。しかし、心の中はフユミへの憎悪に満ちあふれていた。


 タツヤは、フユミの死から1年後、彼女が死んだときと同じメンバーを集めて1週間後に27歳の誕生日を迎えるチヨコの誕生祝いのパーティーを催すことにした。タツヤはイーグル所属で友人のコジョウ・サブロウに、犯人をわなにかける計画をしていることを打ち明け、コジョウの同席を求めるが、コジョウは断るとともに無鉄砲な計画はやめるように忠告する。しかし、タツヤは忠告を聞かなかった。


 2021年12月20日

「ルクセンブルク」でのチヨコの誕生祝いのパーティーで彼女のために乾杯した後、6人が揃ってダンスのためにテーブルを離れ、ダンスから戻った一同は再びグラスを取りフユミの思い出のために乾杯するが、直後にタツヤが倒れてそのまま死んでしまう。青酸による中毒死だった。しかし、捜査の結果、複数の証言から最初の乾杯の後、誰にもタツヤのグラスに毒を入れる機会がないことが判明した。


 コジョウは捜査担当者である愛知県警のイヌマキ警部に協力して、謎の解明に取り組む。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る