ぼくとその女の子【7】
「どう思っているっていうのは、どういうこと?」
真冬の山奥から湧き出すような、酷く冷たく、そして澄み切った声。
「いやー、くれはちゃんのそういう話聞かせてもらったこと無いし。そもそも男子と話しているところ全然見たこと無いしさぁ。でも久方とは話してる時あるじゃん?たまぁーにだけど久方の方見てるし。」
こっちは正反対に、何かを溶かして丸め込むような、甘い声だった。
「根拠の無いこと適当に言うのやめない?憶測で物を言って、間違ってたら恥ずかしくないの?」
「へー、くれはちゃんにしては長く喋ってくれたね。まあ今回に関しては間違ってても別にいいんじゃないかなぁ。」
くれはの言葉が僅かにとげとげしくなる。秋野の方は、やっぱりいつもより少し芝居がかった、人を小馬鹿にしたような喋り方だった。
秋野は美人だ。くれはみたいに超然とした感じはないけれど、明るくて自分の見せ方を知っているし、本人も自信があるんだろう。多分人気もそれなりにあるんじゃないかと思う。じゃなきゃグループのリーダー格にはならない。
二人の美人が火花を散らしているその光景は、ぼくが全く無関係の所に立っていたら「絵になるなあ。」なんて気の抜けた感想でも漏らしていただろう。けれども。
「だって少なくとも、こいつはくれはちゃんの大ファンみたいだし。こいつの使った後のパソコン、検索履歴小倉くれはのことばっかり!本当に子役小倉くれはのファンってだけなのかなぁ~。その辺は本人に聞いてみたら~?あはは。」
もはや笑っているのを隠しきれなくなった秋野は、今のぼくにとっては醜いものそのものでしかなかったし、そんな奴に馬鹿にされている自分が、とにかく情けなかった。
ぼくから言えることは何もない。言いたいことはあるけれど、それはこの状況を好転させる力を持たないことは、はっきりとわかっていた。
頭の中ではそれら複数の言葉がぐるぐると周り始め、徐々に姿がわからなくなり始めた。
その時。
「なに?もしかして秋野さん久方君のこと好きなの?」
ぼくの考えを断ち切るようにくれはの声が響いた。驚いたのは、くれはが今まで聞いたことが無いような喋り方をしたことだ。人を小馬鹿にしたようなその喋り方はさっきまでの秋野のそれに近かったけれど、その声も、蠱惑的な表情も、なんというか秋野のそれよりずっと完成されていた。
そうだ。この子は役者だった。それも天才と言われるような。
「っ!何?ふざけてんの?」
秋野の表情が崩れる。怒っているというより、急に態度を変えてきたくれはに圧倒されて、追い詰められた挙句に絞り出した言葉っていう感じだ。
そういうぼくも、くれはの人の心を絡めとるような態度を急に出してきた緩急に驚いて、呆けてしまっていた。よく考えたら言葉自体はぼくにとって重大なことを言っていたはずなのだけれど、内容の方は全く頭に入って来なかった。
「そんなに久方君の興味関心が気になるの?わざわざ検索履歴調べちゃうくらい?他に仲良くしてる女の子がいて嫉妬しちゃったんだよねぇ~?仕方ないよぉ。私は別に怒ったりしないから。でも言ってくれれば、相談に乗ったんだけどなぁ~?」
秋野の顔が歪む。かなり利いてるみたいだ。言い返したくて仕方ないのだろうけど、くれはを言い負かす言葉なんて思いつかなくて、頭が空回りしているんだと思う。
無理もない。ぼくも同じ立場だったらとても何かを言い返せる自信がない。勝負はもうついている。
「馬鹿にすんな!もういい。話しかけて損した。」
秋野はふてくされるように吐き捨ててドアの方に振り返った後、少し足早に教室を出て行った。
「頼んでもいないのに話しかけてきたのはあっちなのに。人を馬鹿にしているのはどっちなのかなぁ…。」
この子にしてははっきりしない言葉が漏れる。無意識のうちに出てしまった言葉なのか、それとも、もしかしたらぼくに聞かせるための言葉だったのか。
くれはは急に振り返ってぼくの顔を見た。ぼくより少しだけ背の低いこの子の顔が、かつてないほど近くに来た。絹みたいな前髪。真っ白の瑞々しい肌。そして何かを見透かすような澄み切った大きな瞳に見つめられて、ぼくは一瞬石になったみたいに固まってしまった。
「ごめんね。…あのさ。今日って時間あったりする?」
「えっ?」
最初何を言われたのかわからなくて、気の抜けた声が出てしまった。この子がこんなに弱々しく話すところを見るのは初めてだったし、まさかこの子がぼくに予定を聞くことがあるなんて思わなかった。
ぼくの返事を悪く捉えたのか、くれはは少し申し訳なさそうな顔をした。ぼくはようやく自分の間抜けさに気付き、慌てて口を開いた。
「…放課後なんて、大体いつも暇だよ。」
聞かれてもいない今日以外の予定まで思わず話してしまった。まあいいや。売れっ子の天才に子役と違い、ぼくがいかに自由な生活をしているか、堂々と教えてあげよう…。
「…そう。」
くれははきょとんとした顔を見せたかと思うと、少しだけ間を空けてもう一度口を開いた。少しだけ嬉しそうに見えたのは、ぼくの気のせいだっただろうか。
「私今日は家に帰るだけで暇なの。良かったら、少し話さない?」
ぼくに放課後誰かと一緒の予定が出来たのは、いつ以来だろうか。
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