第13話 手抜き? オムライス
「お待たせしましたー」
心地よい調理の音が途切れ、少ししてから。
軽やかな足取りで蒼衣が持ってきたのは、とろりととろけるオムライス。
その周囲を囲むように、鮮やかな赤のソースが添えられている。
「シンプルに、トマトソースにしてみました」
「めちゃくちゃ美味そうだな。……オムライスのシンプルって、ケチャップじゃないか?」
「そこは少し捻ってみました」
してやったり、とウィンクを飛ばしてくる蒼衣。シンプルなのに捻るとはいったい……。
とは思うものの、考えるまでもなく、お手製トマトソースのほうが美味いに決まっている。
どうぞ、と手渡されたスプーンを礼を言って受け取り、オムライスにトマトソースをたっぷり絡めたら、ひと口すくって口の中へ。
とろり、とした卵のまろやかさに、濃いめのトマトソースがよく合っている。チキンライスもほんの少し大きめにカットされている鶏肉が嬉しい。
「これ美味いな、しばらくハマりそう」
普段はデミグラスを頼みがちなのだが、これもまた絶品だ。味わいたいのだが、はやく次のひと口が欲しくなる。
次からどっちを頼むか迷うな……。
そんなことを考えつつも、俺はスプーンを動かし続ける。めちゃくちゃうめえ。
「デミグラス派だったのがトマトソース派にもなりそうなくらい美味い」
「気に入ってもらえたみたいで何よりです」
蒼衣はくすり、と笑いをこぼしてから、オムライスをひと口食べる。どうやら、それなりに納得のいく出来だったらしい。
「ちなみに、捻ってみた、なんて言いましたけど、実は手抜きです。トマトの缶詰の味を整えて作っただけなので」
「たまに思うんだが、蒼衣の手抜きの基準、おかしくないか?」
トマト缶くらい、普通に使うんじゃないのか?
料理にそれほど詳しいわけではないのでわからないが、一般的に言う手抜きというのは、多分レトルトソースをかける、とかだと思うのだが。
「そうですか? 本気で作るなら、具材を足したり、普通に生のトマトから作ったりしますけど……」
「うん、やっぱり基準、おかしいぞ」
こてん、と首を傾げる蒼衣。こいつの料理スキル、高すぎて基準がおかしくなってるな……。
「うーん、あんまり自覚はないですけど……。料理って、わたしにとっては趣味みたいなものですからね。凝ったことをしたくなる、っていうのはあるかもしれません」
「なるほどなあ」
たしかに、趣味になると普通より凝ったり、手抜きの感覚がおかしくなるのはあり得る話だ。
そう納得していると、蒼衣がむふん、と笑う。
「あとは、料理は武器でもあるので」
「武器?」
「はい。誰かさんをモノにするための、大事な武器です。なので、手抜きだったとしても雑に作るなんてことはできません」
そう言って、ドヤ顔の蒼衣を見ながら、俺は苦笑する。
「……否定できないんだよなあ」
否定しようにも、事実、胃袋を掴まれてしまっているわけで。
今だって、彼女の作ったオムライスにしっかりと胃袋を掴まれている。話の合間にも食べ続けたせいで、もうそれほど残っていない。
「これからも、蒼衣の趣味のおこぼれにあずかるかな」
「先輩がわたしの料理を美味しそうに食べるのを見るのも、趣味のひとつですから、おこぼれじゃなくてメインですよ?」
「見られてるのかよ恥ずかしいな……。やめてくれたりしませんかね?」
「その顔を見るのは料理人の特権なので」
くすり、と笑いながら、指で小さくバツを作る蒼衣。
まあ、見られるだけでこれが食えるならいいか……。そう思い、俺は敗北宣言代わりに残りのオムライスをひと口で平らげるのだった。
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