第9話 告白シチュエーションその4

重い告白をする。


そう言われて、身構えていた俺に蒼衣が発したのは、予想外の一言だった。


「先輩、わたしのこと、好きですか?」


「え? あ、ああ……好きだが……?」


これが、重い告白……?


むしろ、ストレートな方に感じる。それに、日常的に聞かれている内容でもある。


いったいどこに重い要素があるのか……。


そう思っていると、蒼衣が続ける。


「なら、わたしかほかの全部、どっちかしか選べないなら、どうしますか?」


「2択が重すぎないか? ……ああ、重いってそういうことか……」


「先輩、理解した気になるのは早いですよ。ほら、答えてください。わたしか、わたし以外か」


その問いかけに、俺は特に考えることなく答える。


「蒼衣で」


その答えに、一瞬蒼衣の表情が、へにゃり、と崩れる。──が、すぐに引き締める。


それは、まるですべてを諦めたような瞳で。


「──なら、先輩。わたしと一緒に、死んでくれますか?」


「……さすがに急展開すぎないか?」


思わずそう呟くと、先程までの瞳の色とは違い、すん、と光がなくなる。


「急展開ではないです」


「さっきの選択肢だと、一緒に死ぬ、にはならないはずなんだよなあ」


「気のせいです。無理やりとかじゃないです」


「自覚あるんじゃねえか……」


呆れた声を出すと、蒼衣がぷくり、と頬を膨らませる。


「シチュエーション考えるのって難しいんですよっ! 事前準備してきた分も使い切りましたし、思いつかなくて、何かで読んだものを思い出そうとしても、案外思い出せないんですっ!」


「いや、わかるんだが……。というか、思いつかないならもうやめてもいいんじゃないか?」


「いえ、それはダメです。100点を引き出すまではやめません」


「目的変わってんじゃねえか……」


元々は、蒼衣が色々なシチュエーションの告白を体験してみたい、という話だったはずなのだが。


「変わってはいませんよ。最初から、先輩に惚れなおしてもらうのも目的なので」


そういえば、そんなことも言っていたな……。


「惚れなおすも何も……って感じなんだが……」


「そ、そうですか……」


膨らませた頬から空気を抜いて、口元を隠す蒼衣。指の隙間からは、緩んで上がった口角がのぞいている。


「……というわけで、その心配はまあ、いらないと思うぞ」


自分で言っておきながら、少し恥ずかしくなってきたな……。


頬を掻きつつ、俺は視線を斜め下へとずらす。


少しの間、無言の時間を過ごしていると、蒼衣がひとつ咳払いをする。


「んんっ。……先輩、一応何点か、聞いておいていいですか」


「……40点」


「低くないですか!?」


「死ぬのはちょっとな……」


「む。ほかのものすべてより、わたしを選ぶって言ったのに」


あ、また頬が膨らんだ。今までとは違い、その膨らみは小さめだ。


「いや、死ぬのはダメだろ。まだやりたいこともあるしなあ」


「たとえば、なんですか?」


たとえば、そうだな……。


色々あるが、今思いつくのは──


「美味いもの食いに行ったり、ドライブしたり。まだ作ってもらいたい料理も多いしなあ。ああ、またお花見とかも行きたいな。今年も行くか」


あとは、旅行にもまた行きたいところだ。今度も温泉付きがいい。


期間限定のコンビニスイーツを買い漁って、食べ比べとかも楽しいかもしれない。蒼衣はカロリーを気にするかもしれないが、すべて半分なら、まあなんとかなるだろう。というかそもそもスタイルいいしな、こいつ。


うんうん、とひとり首を縦に振っていると、正面から「むぅ」と可愛い唸り声が聞こえた。


「先輩はずるいですね」


「ん?」


「ぜーんぶ、わたしと一緒にしたいことじゃないですか」


「それは、まあ……」


別にひとりでやりたいことって、特にないしな……。


考えても、考えても。蒼衣とやれば楽しそうだな、ということばかり思いつくのだからしかたない。それほどまでに、俺は──


「先輩は、本当にわたしのこと、好きですねぇ」


俺が思ったことと同じことを口にして、蒼衣はくすくすと笑う。


ほんのりと頬が染まっているように見えるのは、きっと気のせいではない。


「そこまで言われてしまっては、40点も納得するしかないですね。仕方ないです」


ふぅ、とひとしきり笑い終えた蒼衣が、甘えるように体を寄せて、頭を肩へとのせてくる。


その艶やかな髪を撫でると、くすぐったそうに体を揺らした。


しばらくそのまま、髪を指先で遊ばせていると、蒼衣が名残惜しそうに口を開く。


「もうちょっと撫でていてもらいたいところですけど……。次のシチュエーションにいきますね」


……ん?


「今の終わる流れじゃなかったか?」


「さっき考えているうちに、まだ思いついたので。せっかくですから、見てもらおうかと。あと、ラストが40点はちょっと……」


「うーむ……」


たしかに、これが終わりっていうのも、締まりが悪い。自分でつけておいて、というところではあるのだが、40点って赤点だしなあ。


「まあ、せめて80点くらいで終わりたいところだな」


もう迷走している気がするので、終わってくれてもいい……というか、終わったほうがいいと思うのだが。最後にもう1回くらいなら、いいかもしれない。


「……次のは何点か、予測がつかないんですけど」


「なんでそんなの、このタイミングでやるんだ……」


前言撤回。40点で終わろうか。

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