第6話 告白シチュエーションその1

バレンタインらしいイベントをひと通り終えてから。俺と蒼衣は日常に戻るように、雑談をしていた。


「先輩、バレンタインといえば、告白も大事なイベントじゃないですか」


「まあ、そうだな」


「それに、告白って人生で1回じゃないですか」


「そうだな。……いや、そうでもないんじゃないか?」


「……そうですね。自分が1回だったので、忘れてました」


「まあ、俺も一瞬気づかなかったから、その感覚はわからなくもないけどな。で、なんでそんな話になったんだ?」


「ふと思ったんです。物語の中では色々なシチュエーションの告白があるじゃないですか。そういうのもやってみたいなあ、って」


「なるほど」


たしかに、物語の告白といえば、バリエーション豊富だ。真っ直ぐな告白から、洒落た告白まで、パターンは無限に等しい。それに蒼衣が憧れるのもわからなくはない。


「それと、たまには惚れなおしてもらう機会も必要かな、と思いまして」


「なるほどわからん」


それは本当にわからん。惚れなおすも何も、現在進行形なのだが。


そんな俺を無視して、蒼衣がぱん、と手を鳴らす。


「と、いうわけで。いくつか告白のシチュエーションを勉強してきたんです。先輩、可愛い蒼衣ちゃんを堪能してくださいね?」


「お、おう……」


くすり、と小悪魔チックに笑う蒼衣。困惑もあるものの、期待も少しあり、思わず生唾を飲み込んだ。


「じゃあ、いきますね」


目を閉じて、こほん、と咳払いをひとつした蒼衣。


そして、開かれた瞳は少し潤んでいて。


「……先輩、わたしにしておきませんか? わたしなら、先輩のしたいこと、なんでもしてあげます。なんでも叶えてあげます。こんなに都合のいい女の子、他にいませんよ? こんなに先輩のことが好きな女の子、世界中でもわたしだけですよ? だから……ね? わたしのこと、選んでくれませんか……?」


まるで、絞り出すように繰り出される言葉。潤んだ瞳で、縋るようにシャツを軽く掴まれる。ふわりと香る甘い匂い。そして、ところどころ当たる柔らかな感触。


全身全霊で、俺を好きだと伝えてくれている。


その言葉に、仕草に、ぎゅっ、と胸を締め付けられる。


今すぐ、その華奢な体を抱き締めたくなる。


なるのだが──


「……なんで1発目から断られるタイプの告白なんだ……」


「先輩、こういうの好きかなって思いまして」


「いや、そんなこと……」


「こんなに強く抱き締めて、説得力ありませんよ?」


からかうように笑う蒼衣に言われて、いつのまにか彼女を抱き締めていたことに気づく。


「……好きな女にこの告白されて、嫌な男なんているわけないだろ……」


観念して、力の入っていた腕を緩めようとすると、今度は蒼衣が腕を回してくる。


一瞬、甘えるように顔を擦り付けてから、こちらを上目遣いで覗き込んで。


「さて先輩、この告白、何点ですか?」


あ、点数付けていく方式なのか。


「そうだな……。とりあえず、100点で」


「……これ、全部100点になりそうな気がしてきましたね……」


「仕方ないんだよなあ」


「本当に、先輩はわたしのことが好きですねぇ。まだまだバリエーションはあるんですから、興奮しすぎて倒れないでくださいね?」


そう言って、蒼衣はにやり、と笑い、最後にぎゅ、と一度力を込めてから、腕を解く。


興奮というより、心臓が止まるほうがあり得るんだよなあ。


そんなことを思いながら苦笑を漏らす。それを返事と受け取ったのか、蒼衣はくるり、と背を向けてから、こちらに振り返り、指をぴん、と立てて。


「じゃあ、次行きますよ?」


そう言って、少し得意げに笑った。

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