第4話 レベルアップ・バレンタイン

「──というわけでお待ちかね、です!」


じゃじゃーん、と蒼衣が持参した鞄から取り出したのは、俺の手のひらサイズのラッピング。蒼衣の手には少し大きいらしく、両手で優しく包み込んでいる。


「はい、どうぞ! 今年は昨年とは違って、甘くしてみました!」


少し頬を染めながら、ふわりと笑う蒼衣。


その可愛さに一瞬見惚れてから、チョコレートを受け取った。見た目の割に、ずっしりとした重さがある。これは濃厚なものを期待できそうだ。


「ありがとな。……食ってもいいか?」


「もちろんです。お皿持ってきますね」


とてて、と台所へと向かう蒼衣。その背中が見えなくなってから、手元のチョコレートへと視線を移す。


絶対に貰えるとは思っていたが、いざ貰うとやはり嬉しい。正直、口元がニヤけるのが止まらない。多分、蒼衣にもバレているだろう。


じぃ、と眺めていると、胃が空腹を訴えてくる。すぐ食べたいという思いと、少しこのまま眺めていたいという思いがあるのだが、食べたい方が少し上だ。なぜかと言われれば、蒼衣が作ったものだから、としか言いようがない。絶対美味いからな。


そんなことを考えながら、綺麗なラッピングを眺めていると、机の上に小さめの皿とフォークが置かれる。


「食べる前からそこまで喜んでもらえると、わたしも頑張った甲斐がありますね」


「そりゃ喜ぶだろ……」


顔が熱くなるのを感じつつ、俺はラッピングを丁寧に解いていく。綺麗に包まれていたので、少し勿体無い気もするな……。まあ、開けるのだが。


中身を皿の上に丁寧に並べ、フォークを手に持つ。


「じゃあ、いただきます」


「はい、どうぞー」


四角いケーキ──名前は知らない──をフォークで突き刺し、口へと運ぶ。


入れた瞬間に、濃厚なチョコレートの香りと、しっとりとした甘さが爆発した。


「なにこれうっま」


しっかりとした甘さでありながら、上品に、そしてくどくない。さらに、生地がしっかりと詰まっていて、食べ応えも抜群だ。


しっかりと味わってから、ふたつ目へと手を伸ばす。やばいぞこれ、止まらない。


「感想は聞くまでもなさそうですねぇ」


くすくすと笑う蒼衣が、隣に紅茶を置いてくれる。早く感想を伝えたいが、放り込んだ2個目もしっかりと味わいたい。


こくこく、ととにかく頷いておいてから、チョコレートを飲み込んだ。


「やばい、これ美味すぎる」


「ふふっ、頑張りましたからね」


「腕を上げたな……」


どや、と胸を張る蒼衣。昨年のガトーショコラも美味かったのだが、今年はまた、一段と美味い。明らかにレベルが上がっていた。


「1年かけてこっそり練習してましたからね。ちなみに先輩、今年のこれはガトーショコラじゃないんですけど、何か知ってます?」


「いや、知らない。普通にチョコケーキだと思ってたんだが」


「一応名前ついてますよ。これはチョコブラウニーです」


「ああー、なんか聞いたことあるな。名前だけだが」


そう言って、俺は紅茶をひと口飲む。チョコブラウニーに合わせてなのだろう、シュガーは入っていないようだ。さすが蒼衣、わかっている。


「先輩、相変わらずスイーツの名前には弱いですね……」


「そこまで名前は気にしてないからなあ。正直なところ、種類が多すぎてわからねえんだよなあ……」


「その気持ちはわかります。知らないお菓子の名前って、いっぱいありますよね」


そう言いながら、蒼衣が俺の手元から、ひょい、とフォークを掠め取る。


「うぇ?」


思わず間抜けな声を出した俺は、蒼衣を見る。むふん、と笑みを浮かべた彼女は、フォークをチョコブラウニーへと突き刺し、それをこちらへと向けて。


「はい、あーん、です」


「……あむ」


「どうです? もっと甘くなりました?」


「……結構」


「それはよかったです」


先ほどまでとは違い、イタズラが成功した子供のように笑みを浮かべる蒼衣。どうやら、最初からやるつもりだったらしい。


ぴこぴこと揺れるフォーク。その先には、またチョコブラウニーが刺さっている。


引き寄せられるように口にすると、蒼衣はにまにまと楽しそうにしていた。仕方ないだろ……美味すぎるんだから……。


心の中で言い訳をしていると、蒼衣が口を開く。


「あ、そうです。わざわざ言う必要もないと思いますけど、一応伝えておきますね」


こほん、とわざとらしく咳払いをして。


「──本命チョコ、ですからね」


頬を染めながら、そう言った。


そういえば、前回もそう言われたな。それに対して、俺は何も返せなかったんだったか。


それで、そのあとは──ああ、そうだ。たしか、蒼衣にホワイトデーの話をされたんだった。


あのときを思い出すように、俺は小さく笑いながら、こう言った。


「……ホワイトデーは期待してくれていいぞ」


「あ、言いましたね? 本当に期待しちゃいますからね?」


「……やっぱり期待しないでくれ」


「ダメでーす、武士に二言はありません」


「俺武士じゃないんだよなあ」


なんて言いながら、俺はどんなものを返そうか、と少し考えて──諦めるのだった。うむ、思いつかないし探しに行くしかないな。

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