第8話 孫と子供とふたりきり

それから30分後、鯖の骨との激闘に勝利を納め、なんとか夕食を終えた。


その後、シャワーを浴びてから、今に至る。


「お疲れですね?」


「そりゃそうだろ……」


ぐったりとしている俺。その膝枕から見上げて、蒼衣はくすくすと楽しそうに笑う。


エネルギー摂取のための食事で、なぜこんなにも疲労するのか……。むしろエネルギー使ってるじゃねえか……。


指先に蒼衣の髪を絡めつつ、そんなことを思っていると、その手に擦り付けるように、蒼衣が首を傾げる。


「なんで先輩って、そんなに魚の骨取るの、下手なんですかね?」


「さあ? ……まあ、細かい作業はあんまり好きじゃないから、そのせいだとは思う」


「先輩、わりと器用なほうだと思うので、やればすぐに上達しそうですけど」


「器用じゃないと思うんだが……」


「いや、器用だと思いますよ? 変なもの上手ですし」


「変なもの?」


「はい。金魚すくいとか得意でしたよね?」


金魚すくい、というと、前に夏祭りに行ったときの話だろう。


「いや、金魚すくいはあれがはじめてだから、得意じゃないな。スーパーボールすくいなら、それなりに自信はあるけどな」


とはいえ、あれは器用不器用の問題というより、コツの問題だ。何回かやってコツを掴めば、誰でもそれなりにすくえるのだ。


「それ、そこそこ器用じゃないとできないと思いますよ?」


「そうか?」


「そうです」


「あんまり自分ではわからねえな……」


うーむ、と首を傾げていると、蒼衣が俺の頬を挟み込むように、手を添える。


「先輩はわりと器用なんですよ。ただ、やらないだけです。……というか、面倒くさがってるだけですね」


最初は優しく添えられていた手が、後半にいくにつれて、むにむにと揉むように動く。男の頬を揉んでも楽しくないと思うのだが、なぜか蒼衣は楽しそうだ。


「それは、まあ、そうだなあ」


技量はともかく、だいたいのことは面倒だと思うのは間違いない。人としてダメだとは思う。思うだけだが。改めるつもりはない。


「まあ、先輩が面倒くさがりなのは、わたし的にはおっけーなんですけどね。尽くしがいがありますから」


そう言って、ぱっ、と俺の頬から手を離す蒼衣。蒼衣が構わないと言うのなら、余計になおす必要もないな。


「いつもすまんねえ」


「いいんですよ、おじいさん」


「その呼び方は、あと40年くらい待ってほしいんだよなあ」


「40年後もこの呼び方はしないと思いますよ?」


苦笑する俺に、笑いながらそう返してくる蒼衣。


「いやいや、もしかしたらしてるかもしれないぞ? ほら、孫の前とか」


「孫!? 気が早すぎません!?」


「いや、もしもの話だからな。40年もすれば、孫もいるかもしれないな、と思って」


「うーん、たしかに、言われてみればそれくらいの年齢ですけど……。あんまり想像つきませんねぇ」


「それはそうだな。……親になってる想像もできないけどな」


そう言いながら、渋い顔をしていると、蒼衣も苦笑を漏らす。


「わたしも、まったく思い浮かばないです。……いつか、思い浮かべられるようになるまでは、ふたりでのんびり楽しみましょうね」


ふわり、と笑った蒼衣が、俺の手へ髪を擦り付けるように動く。それに合わせて、円を描くように手を動かしながら頷いた。


「あと15年はこのままでいくか」


「それはちょっと長くないです?」

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