第6話 優しい暴君と怠け者
割と本気で泣きそうな顔をしていた蒼衣を宥める──もとい、甘やかしてから。
よよよ、と泣く演技をしながら、蒼衣が立ち上がる。
「先輩のせいで傷心の蒼衣ちゃんですが、ご飯を作ります」
「いや本当に悪かった」
「……なんでそこまでダメージ受けてるんだって思ってますよね」
「……オモッテナイデス」
「思ってるじゃないですかー!」
先ほどまでとは一転、今度は頬をぷくり、と膨らませた蒼衣が、不機嫌ですよオーラを出しながら台所へと向かっていく。
それについて行くと、じとり、とした目でこちらを見る蒼衣。
「先輩はいつも通り、寝転がってわたしの料理姿でも堪能していてください」
「お、おう……」
そう言われてしまえば、それ以上俺にできることはない。
大人しくいつも通り、リビングから蒼衣の後ろ姿を眺める。
……いつも見てるの、バレてるのか。
まあ、本当に毎日眺めているので、バレていても仕方ない。
好きな女の子が自分のために料理を作ってくれる姿というのは、どれだけ見ていても飽きることはない。
手際よく動くことで、ふわふわとスカートが舞い、さらりと髪が踊る。
その光景は、一種の芸術だ。……とまでは言わないが、魅力的なのだ。
そこに加わる、包丁のリズム、コンロの音に、湯の沸く音。
少しずつ鼻腔をくすぐるようになる、出汁や醤油の香り。
うーむ、やはりいいものだなあ。
そう思いながら、幸せを感じていると、ふと蒼衣が振り返る。
そして、ふっ、と笑って。
「先輩、今日の晩御飯はお魚です。鯖にします。普通に焼きます。覚悟してください」
「マジか。骨を取ってくれたりは……」
「しません」
「だよなあ……」
骨取るの、面倒なんだよなあ……。そんな俺のわがままもあり、あまり食卓に焼き魚が並ぶことはない。並ぶとしても、骨が大きく取りやすい魚が大半だ。たまに、骨の多く、細かい魚も安かったから、美味しそうだったから、という理由で並ぶこともあるが、そのときは蒼衣が事前に取り除いてくれることが多い。
まあ、今回は比較的骨を取るのが楽なほうだと思っている鯖なので、手心は加えられているのだろう。普通に冷蔵庫になかっただけな気もするな。
「先輩は、自分の夕飯が人質に取られていること、もっと自覚したほうがいいと思いますよ?」
「いや、結構自覚してるとは思ってるんだが……」
蒼衣が作る夕飯が食べられないのは、俺にとっては大問題だ。
骨を取るのが面倒、なんて言ってはいるが、焼き魚だって、味に関しては文句はない。
振られる塩の量が絶妙なんだよなあ。
塩辛いまではいかないが、しっかりと塩味を感じられる、俺好みの塩分量になっている。
さらに、ほかの料理の話になってくれば、もう言うことはない。カレーとか特にやばい。スパイスから俺好みにしてくるとか、普通の手料理の次元じゃない気がするんだよなあ。
そんなレベルの美味い料理を食べられないとなれば、それは当然大問題。人生の質が下がる、くらいの規模の話だ。
というかそもそも、蒼衣が用意してくれない場合、外食かインスタントになる。自炊? たまにするが、手間の割にクオリティがなあ。
──と、まあ、そんなわけで、俺にとって蒼衣が料理をしてくれるかどうかは、死活問題だったりするのだ。
別に、必ず作れ、とか、強制するつもりは一切ない──蒼衣と外食することも楽しいし、インスタントも普通に美味い──が、そりゃまあ、作ってくれるほうが嬉しい。
「いつもありがとうございます、シェフ」
「くるしゅうないです。今後は人質──人じゃないですね。これ何になるんでしょう、飯質、ですかね?」
「まあ、多分……?」
「では、そういうことにします。飯質のことを考えて、行動してくださいね? ……わたしはいつでも、ご飯を作らなくてもいいんですよ?」
「それだけ聞くと暴君じゃねえか……」
俺が怯えるようにそう呟くと、蒼衣がくすり、と笑う。
「──なんて、冗談ですよ。ちゃんと作りますし、作りたくない気分のときは、事前に言います。蒼衣ちゃんはどれだけ怒っても、先輩のことが好きですからね。怒ってるアピールでできるのは、せいぜい骨の多い魚を出したり、お鍋にエビを殻ごと入れたりするくらいです」
「おおう、優しい暴君」
手際よく作業を進める蒼衣。その後ろ姿に、聞こえるように呟く。
「ほんとに、いつもありがとな」
「いえいえ、好きでやってますから」
「それでも、だ」
飯を作ってくれること、それは、とてもありがたい話だ。いくら好きでやっている、と言っているとはいえ、時間も手間もかかること。感謝はしてもしたりないくらいだ。
……それはそうと、好きでやっているなら。
「ちなみに骨を取っていただいたりは……」
「今日はしませんよ?」
「ですよねー……」
にこり、と笑う蒼衣に、俺は苦笑を漏らすのだった。
さすがにそこまでチョロくはなかったか。
「誰がチョロい女ですかっ!」
「悪意ある思考の読みとりはやめろ!?」
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