第2話 ハッピーエンドは難しい
しっとりとし音楽と共に、黒い背景に白い文字で、エンドロールが流れていく。
特に知っている名前があるわけでもないので、物語の余韻に浸りつつ、それを眺めていた。
映画のストーリーとしては、こうだ。
仲の良かった幼馴染の男女が、ちょっとしたことですれ違いを起こしてしまう。
それから3日後、普段ならすぐに仲直りをするはずなのに、なぜか長引く喧嘩に落ち込む高校2年生の主人公の女の子。そんな彼女に、謎の声が聞こえるようになった。
なぜか説得力のあるその声に導かれるように、少女は行動を起こしていく。
仲直りをして、遊びに誘って、学校の催しに参加して。
そうして、1年を過ごし、遂に卒業を迎える。
式を終え、幼馴染の男の子を呼び出し、告白をする女の子。晴れて付き合うことになり、ハッピーエンド──とはいかない。
ここから、声の主が何者なのか、そして、何のために彼女を応援していたのか、その真相が語られていく。
彼女は、未来の女の子本人で、幼馴染と仲違いしたあと、彼とは疎遠になり、その4日後──声が聞こえるようになる前日に、交通事故で亡くなってしまったのだという。
彼を死の運命から救うべく、そして、自らの後悔をなくすために、未来から声をかけていたのだ。
現代の彼と結ばれたのなら、未来の自分も結ばれるはず、と言う少女だが、未来の彼女はそれを否定する。
あくまで自分のいる未来と、現代から派生する新たな未来は別物、パラレルワールドにしかならない、と。それでも、この世界があるだけで救われた。そう言い残して、声の主は未来へと意識を戻していった。
未来の自分の想いを受け取った少女は、精一杯の幸せを胸に、生きていくことを誓うのだった。
──と、まあ、ざっくり言えばこんな感じだ。
エンドロールが流れ切り、再生が終了する。画面に次のオススメ作品が出てきたところで、俺と蒼衣は同時に小さく息を吐いた。
「どうだった? 期待通りだったか?」
画面から蒼衣へと視線を移すと、彼女は微妙な表情を浮かべている。
「その顔はご満足いただけなかったようで……」
「いえ、まあ、面白かったとは思うんですけど……。わたし、あんまりこういう終わり方、得意じゃないんです」
「と、言うと?」
聞き返すと、蒼衣はええと、と人差し指を頬へと当てる。
「わたし、ハッピーエンドが好きなんですよ。それも、出てくる皆が幸せになれるやつです」
「あー、なるほどな。つまり、この映画はそうじゃない、と」
「はい。たしかに、主人公の女の子も、その幼馴染の男の子も幸せな終わり方でしたけど……未来の女の子だけは、幸せかどうか、わからないじゃないですか」
「そうか? 未来の女の子も、目的自体は達成しただろ?」
それも、男の子の死を回避するだけでなく、自分とくっつけるところまで成功したのだ。十分すぎると思うのだが。
「まあ、それはそうなんですけど……」
そう言って、今度はぴん、と立てた人差し指を、くるくると回しはじめる。
「たしかに、未来の女の子も目的は達成しました。けれど、根本的には男の子と死別しちゃってるわけじゃないですか。だから、結局、あの子は幸せなのかなって、そう思ってしまって……」
そこまで言ってから、ぽすん、と俺の肩へと頭を預けて、ほんの少しだけ、頬を膨らませる。
「……なので、個人的にはちょっとモヤモヤです。面白かったですけど」
決して、面白くなかったとか、どこが悪いとかそういう問題ではなく、ただ心にしこりが残る、みたいな感じか。
「なるほどな。その視点はなかった」
「先輩的には、どうでしたか?」
「まあ、大筋は面白かったと思う。終わり方も、俺は割と好きな感じだったしな」
先ほども言ったが、俺的には、蒼衣の気にする未来の女の子も、目的を達成した、という意味ではハッピーエンドだと思うのだ。むしろ、これ以上ないエンディングだろう。
「ただ、ひとつ気になることがあるんだよなあ」
「気になること、ですか?」
首を傾げる蒼衣に、俺は頷く。
「未来の女の子って、どうやって過去の自分に声を届けてたんだ?」
「そこはこう、あれじゃないですか? 未来の超科学、みたいな」
「10年経たないうちに、そんな科学が進歩するか……?」
「うっ……。そ、そこはあれですよ、すっごい技術革命が起こったんです。……なんて言うんでしたっけ」
「シンギュラリティ、な。もしそうだったとしてもなあ……。そのあたりの話がもうちょっと見たかったなあ、と思うんだよなあ」
まあ、本筋でないのでカットされた、と言われれば、そうなのかもしれないが。個人的にはそういう話も好きなので、そこの掘り下げが欲しかったところだ。
「……とはいえ、概ね高評価ってところか」
「まあ、そうですね。聞いていた通り、面白かったと思います」
ちょっとモヤモヤしますけど、と苦笑する蒼衣。
「完全無欠のハッピーエンドの物語なんて、あんまりありませんから」
「そうか? ……いや、そうかもな」
考えてみれば、誰もが幸せになれる物語というのは、少ないのかもしれない。
たとえば、バトルもの。悪役の野望を打ち砕いて、ハッピーエンド! ──といっても、野望を打ち砕かれた悪役からしてみれば、バッドエンドまっしぐらだ。というか、登場人物が死にがちなジャンルだからな……。
たとえば、恋愛もの。主役の男女が結ばれて、ハッピーエンド! ──といっても、その裏に誰かが失恋していたり、愛の障害になっていた側からしてみれば、結局バッドエンドともいえる。
うーむ、コメディが1番なのかもしれないなあ。あれも酷い目に遭っているキャラが多い気もするが。
敵味方、主役脇役関係無しの登場人物全員含めた完全無欠のハッピーエンドというのは、存外難しいものなのかもしれないな。
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