第51章 2月4日

第1話 映画でも見ませんか?

「先輩、暇ですよね?」


ベッドの上で寝転がり、スマホの画面を叩いていた俺に、甘い香りと共に影が覆い被さった。


視線だけそちらへ向けると、むふん、と笑みを浮かべる美少女──雨空蒼衣が、こちらを見下ろしている。


「暇だが。どうした? 出かけるのは無しだぞ?」


「お出かけではないです。というか、出かけるのは無しなんですね……」


「着替えるの面倒だしな」


「まったく、面倒くさがりなんですから……」


もう、と呆れたようにため息を吐いた蒼衣が、はっとする。


「──じゃなくて、ですね。暇なら一緒に、映画でも見ませんか?」


「映画?」


「はい。面白いって聞いていた映画がサブスク配信しはじめたらしいんです。なので、一緒にどうですか?」


「なるほど。見るのはいいんだが、どんな映画なんだ?」


ベッドの上で起き上がりながら、そう問いかける。その間に、蒼衣はテレビを付け、手慣れた仕草でセッティングしていく。


「恋愛ものです」


「へえ、恋愛系か」


俺はあまり見ないジャンルだなあ、と思いつつ、蒼衣が操作する画面を眺めていると、不意に見覚えのあるものが通り過ぎていった。


「ん? ちょっと戻してくれるか?」


「? はい」


首を傾げつつ、右側へとスクロールされていった画面を左へと戻していく。


「あ、ストップ。これ、配信はじまってたのか」


「どれです?」


「その、左からふたつ目のやつだ」


画面に映る、小さなサムネイル。やけにカラフルなそれには、少し懐かしいタッチのイラストで、剣や杖を持った、快活そうな少年少女が描かれている。


「昔見てたアニメで、映画をやるっていうから楽しみにしてたんだが、受験で見に行けなかったんだよなあ」


「なるほどです。というかこれ、漫画持ってますよね」


「おう。今でも連載続いてるぞ」


深夜枠のアニメだったのだが、偶然見たら面白かったんだよなあ。懐かしい。ちゃんと最新刊が出たら買うくらいには好きな作品だ。だからこそ、映画を見に行けなかったのは残念だったのだが。


配信開始、と書いてあるので、どうやら最近配信がはじまったらしい。


「これはあとで見るしかないな」


「じゃあ、次はこれですね」


「だな。蒼衣は原作、読んだか?」


「はい。アニメは見てませんけど、漫画は読みました。ちなみに、どこのエピソードなんです?」


こてん、と首を傾げる蒼衣。


どうやら、原作は履修済みのようだ。さすが、俺の部屋に入り浸っているだけはある。


「いや、オリジナルストーリーだったはずだな。時系列で言うと6巻のあとくらいだ」


「結構はじめのほうなんですね」


「まあ、もう3年前だからなあ」


懐かしいなあ、と思っていると、眺めていた画面が暗転し、制作会社のロゴが映る。そこで一時停止して、俺の隣へと座った蒼衣がくすり、と笑う。


「懐かしむのもいいですけど、まずはこっちから、ですよ」


「そうだったな。……ポップコーンいるか?」


「そもそもなくないです?」


「ないな。ポテチはある、というかポテチしかない」


「うーん、手が汚れるので無しにしましょう」


「了解」


俺が軽く頷いたのを確認してから、蒼衣がリモコンを操作、再生する。


そういえば、ジャンルは聞いたが、どういう系の話なのか、聞き忘れたな。


出だしの映像からして、高校生の恋愛模様を描いたものなのだろう。どこかで見たような、そうでもないような俳優が学生服を着ている。


話の方向性だけでも聞こうかと思い、蒼衣のほうへと視線を向け──


「……」


こいつ、めちゃくちゃ早く集中してるな……。


じぃ、と画面を見つめる視線は、ブレずに真っ直ぐだ。そんなに気になってたのか、これ。


その綺麗な横顔を少し眺めてから、隣に聞こえないくらいに小さく息を吐く。


……たまには、前情報なしで見るのも悪くない、か。


集中を乱すのも悪いし、何よりこの横顔を、もう少し眺めていたい。


ぱちりとした大きな瞳。さらさらの茶色がかった髪に、つやつやの唇。何度見ても思うことだが、やはり可愛い。


よく考えると、真横からじっくり見ることってあんまりなかったなあ。写真を撮るときには、可愛く見える角度がある、みたいなのを聞くが、どの角度から見ても可愛いのは反則級なのではないだろうか。


そんなことを思いながら、ぼう、っと眺めていると、何やらテレビの音が騒がしくなってくる。


……あ、やばい。見るの忘れてた。


さすがに、まったく見ていないのはまずい。あとから感想のひとつも言えなくなってしまう。


そう考えて、俺は名残惜しさを感じつつ、蒼衣の横顔からテレビの画面へと、視線を切り替えるのだった。

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