エピローグ 今度はベッドで、ですよ?

「んん、んぅ、んー!」


「んぁ?」


唐突に、胸の辺りをもそもそと動く感覚と、何やら可愛い鳴き声によって、俺は目を覚ます。


うわ、やべ、よだれ出てるな……。


焦って唾液を吸い込んだものの、残念ながらもうしっかりと浸水済みだ。服の肩あたりが濡れていて、生暖かいのに冷たいという、よくわからない状況だ。気持ち悪い。


そして、よくわからないといえば──


「んんーっ!」


「朝からどうした……」


俺の腕の中で、元気にもがく蒼衣だ。


抱き締めていた力を緩めると、まるで水面から顔を出したように、ぷはっ、と息を吸い込んでいる。


「せ、先輩が強く抱き締めすぎなんですよ……。あと、床で寝たので体が痛いんです……」


「それはすまん。体が痛いのは、まあ、そうだよなあ」


仰向きに体勢を変えると、それだけでぱきり、と音が鳴る。


「うーむ、起きる気がなくなるな……」


「起きないともっとしんどいですよ。……んっ」


隣で蒼衣が、体勢を変えて体をほぐしている。ぱきぱきと音が鳴るのはいいのだが、その度に吐息混じりの甘い声を出すのはやめてほしい。


「あんまり疲れが取れた感じが無いというか、むしろ疲れてる気がするな……」


「睡眠の質が悪いですからねえ」


「それもそうだな」


電気はつけっぱなしで、床で眠ったのだから、当然といえば当然だ。


「やっぱりベッドで寝るのが1番ですよ。こたつで寝るのも気持ちいいですけど、起きてからが大変というか、しんどいですし」


「それも……そうなんだけどなあ……」


現状では、何も言い返すことはできそうにない。残念ながら、今回は俺の負けだな……。まあ、こたつで寝る良さは感じ取ってもらえたようなので、よしとするか。


ふあ、と大きくあくびをひとつして、俺は目を擦る。眠い。


「……やっぱり寝直すか」


「もう、今度はベッドで、ですよ?」


「……ちょっとアレな意味に聞こえるな」


「……先輩のえっち」


じとり、とこちらを見る蒼衣。そうですね、今回は俺が悪いとは思います。


痛む体に耐えながら、俺はこたつから這い出て、そのままベッドへとダイブする。


「……寒いし冷たいな」


「人肌の抱き枕、いります?」


「いる」


「では、どうぞ」


そう言って、蒼衣がぽすり、と俺の隣へと寝転がった。


それを抱き締めると、腕の中だけは暖かい。


「どうです?」


「いつも通り良いんだが、布団が冷たくて震えが止まらねえ」


震えながらも、しばらくそうしていると、布団の冷たさが和らいで、少しずつ暖かさが増してくる。そうすれば、必然的に二度寝の準備もできてくるわけで。


「おお……いい感じに眠くなってきたな……」


「もう寝ちゃいます? いいんですか? えっちなことしなくて」


蒼衣が、ぽしょり、とからかうように耳元で囁いた。


「……」


「なーんて。朝からそんなことするわけ──」


「煽ったお前が悪い」


「──え?」


今度は俺がじとり、と視線を向けると、蒼衣が固まる。


「せ、先輩、朝ですよ? 朝ですからね?」


「休みの大学生に朝とか関係ないんだよなあ」


「あの、今回は本当に、誘惑じゃ無くて、冗談のつもりだったんですけど……あは……」


頬を染めながら、ちら、とこちらを見る蒼衣。俺は、それに小さく息をを吐いてから、少し距離をあけた。そして、にやり、と笑う。


「──と、まあ、こうなることもあるから、あんまり朝から煽るのはやめるように」


「……え?」


「冗談だ」


「え、えぇー……」


「期待したか?」


「ち、違いますよっ! わたしそんな子じゃありません! ……というか先輩、わたしをからかうの、上手くなってきてませんか?」


赤い顔をしながら、俺に非難の目線をぶつける蒼衣。


「それはまあ、からかわれっぱなしってわけにもいかないからなあ」


「むぅ……」


ぷく、と頬を膨らませた蒼衣は、布団の中へと潜り込む。どうやら、負けを認めるらしい。


「弄ばれました」


「どっちかといえば、俺が弄ばれた側なんだが……?」


ぷすり、と頬を突き刺すと、不服そうな顔で、


「ご機嫌斜めになりました。甘やかしてください」


そう言って、先ほど離れた分の隙間を埋めるように、こちらへとすり寄ってくる。


それに苦笑しつつ、俺は蒼衣の柔らかな体をを抱き締めた。


「これでいいか?」


「くるしゅうないです。あと、頭も撫でてください」


「了解」


さらり、さらり、と髪を撫でると、蒼衣が目を閉じる。それにつられて、手の動きはそのままに、俺もまた目を閉じた。


すぐそばから、満足そうな吐息が聞こえてくる。どうやら、機嫌は治ったらしい。


なんて思っていると、先ほどの誘惑──本人曰く冗談──で、どこかへ飛んでいた眠気が、またも顔を出してくる。


その眠気に意識を持っていかれながら。


完全に落ちるまで、俺は手を動かし続けた。

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