第5話 明日食べればいいんです

派手な色合いの扉を開けばあら不思議。


甘い香りと暖かな空気が、俺たちを迎え入れる。


ほぅ、小さく息を吐きながら、トレーとトングを手に取って、ドーナツが並ぶ棚の前へ。


「……少ないな」


「まあ、こんな日にお客さんも来ないでしょうからね」


「それもそうか」


作っても無駄になる可能性のほうが高いなら、当然作る量も減るし、並ぶ量も減る、か。となれば、種類が減るのも仕方ないことなのかもしれない。


並んでいるのは、ベーシックなものが基本で、今売り出し中の季節限定のものが少しだけ置かれている。


「よし、とりあえずはこれだよな」


「ですね。それは必須です」


こくり、と頷く蒼衣。それを横目に見つつ、球体が数珠状に繋がった、もちもちのドーナツをトレーに2つ載せる。


さて、次は──


「チョコにするか、イチゴにするか……」


しっとりとしていながら、外側はサクサクとした食感が味わえる、オールドなファッションのやつだ。俺としては、コーティングがかかっているほうがお得な感じがして、そちらを選びたい。半分しかコーティングはされていないので、残り半分はノーマルみたいなものだからな。


というわけで、コーティングのされているほうを買うのは確定なのだが。どっちの味も食いたいんだよなあ。


うーむ、と考えつつ、俺は蒼衣をちらり、と見る。


「どっちも食いたいよな?」


こくり、と頷く蒼衣。


「はい、なので、ひとつずつ買って、半分ずつにしましょう」


「よしきた」


さすが蒼衣、わかっている。


ほいほい、とトレーにチョコとイチゴを載せて、次へ。


今度は、中央に穴が空いていたり、空いていないタイプのドーナツだ。ちょっと生地がパンっぽいのが特徴だろうか。


「いるか?」


「わたし、ホイップクリームのほうで!」


「了解」


「先輩はいいんですか?」


「まあ、俺はこれは無しで」


少し以外そうな表情をする蒼衣。それを横目に、俺は次の棚へとトングを伸ばす。


チョコがかかっていて、間にはホイップクリームが挟まっている、フレンチなやつだ。


「クリーム系はこっちのほうが好きだからな」


「あ、わたしもそれ欲しいです。イチゴの、カスタードのほうでお願いします」


「ん、了解」


そう言って、適当にトレーに載せてから、ふと気づく。


「なあ、蒼衣。お前、この量食えるか?」


現在、俺は実質的に3個、蒼衣は4個だ。男の俺でも、4個は結構厳しいと思うのだが……。


しかし、蒼衣はふるふると首を横に振り、そしてにこり、と笑う。


「大丈夫ですよ。残った分は、明日食べればいいんです。なので、その横の期間限定のチョコのやつも載せておいてください」


「お、おう……」


まさかの、翌日に持ち越しのパターンだった。今日のおやつ、くらいのつもりだったのだが……。


まあ、そういうことなら俺も多めに買っておくか。


そう思い、期間限定ドーナツを2個載せて、そのままレジへ──


「お、エビグラタンパイもいっとくか」


「あ、わたし、その上の黒糖のやつもお願いします」


「お、いいな。俺もそれ食う」


どうせ、もう今日中に全部は食いきれないのなら、もう個数とか考えずに、食いたいものを載せていくか。


ほいほい、と目についたドーナツを雑にトレーに載せてから、今度こそレジへと向かう。


そして、店員により、手際よく箱へと並べられていくドーナツを眺めつつ。


「……買いすぎじゃないか?」


「……ちょっと調子に乗りすぎました」


「だよなぁ……」


今日の夕飯もドーナツで確定だな……。

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