第2話 雪の日の余計な醍醐味

真っ白な息が、曇り空へと登っていき、消えていく。


そんな光景を、極寒の中、儚げに眺める蒼衣は、それはもう──


「先輩、ほんとにだめです。寒いです」


それはもう、寒そうだった。一瞬見せた儚さは消え、今や少し震えている。


「わかる、寒い、帰りたい」


「これだけ厚着しているのに、どうしてまだ寒いんですか……っ」


コートに手袋、マフラーと、外から見ても完璧な防寒対策だと思うのだが、それでもまだ寒いらしい。まあ、そうだろうな。俺も似たような格好だが、めちゃくちゃ寒いし。


ぷるぷると震える蒼衣が、せめてもの抵抗とばかりに俺の腕を抱き込んでいるが、残念ながら暖かくはないだろう。お互い厚着だからなあ。


「うう、足も冷たいです……」


そう言いながら、いつもより小さい歩幅で進む蒼衣。それに合わせて、俺も歩を進める。


ざく、ざく、と音を鳴らしながら、綺麗な白を踏みつけていく感覚は、寒さに震えていようとも、なんともいえない快感がある。犬が走り回りたくなる気持ちもわかるんだよなあ。


「……この寒ささえなければ、楽しいんだけどなあ」


はあ、とため息を吐くと、それが白く染まって曇天へと消える。せめて、太陽くらいは出てほしい。多少は寒さも軽減されるはずだろう。


……というか。というか、だ。


「そもそもこんなに雪が積もってるのに、なんで講義があるんだ……」


「電車が止まらなかったからですよ……」


「なんで止まらないんだ……。止まれよ……休めよ……」


そう、止まらなかったのだ。


そのせいで、俺と蒼衣は暖かな布団空間から引き摺り出され、今や極寒の下である。


そして、タイミングの悪いことに、今は期末試験前。範囲の話や、課題の話、唐突な出席確認など、単位に直結するレベルの事態が発生するのが、この時期の講義なのだ。そんなわけで、さすがに出席しないわけにもいかず、震える体に鞭を打って、大学へと向かっている。


「なぜ鉄道会社は頑張ってしまうのか……」


「ほかの会社の人たちが困るからですよ……」


「なぜ日本人は働き過ぎるのか……」


「それは本当に、どうしてでしょうね……」


ぷるぷると揃って震えながら、雪を踏みしめて歩いていく。足元が悪いせいで、いつもよりスピードが遅くなる。


なるべく、道路へと垂直に足を下ろす。こうすれば、下のほうが凍っていても滑りにくい──と、勝手に思っている。本当かは知らない。


人通りが増えたのか、踏みつけた雪が鳴らす音が、じゃく、じゃく、と水を孕んだように変わってくる。こういうところも、また滑りやすいんだよなあ、なんて思っていると。


「ひゃ──!」


「っと、大丈夫か?」


「だ、大丈夫です。ありがとうございます」


てへへ、と頬を赤くしつつ笑う蒼衣。その柔らかな表情とは逆に、俺の腕がぎゅう、と抱き締められる。


「蒼衣、あんまり強くされると、片方が滑ったときにふたりとも転けるぞ……」


「で、でもまた滑りそうで怖いんですよ!」


「……もうちょっとペース落として歩くか」


寒いし早く行きたいが、そんな顔されたら、なあ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る