第4話 その5分は長くて短い

「……ちょっと早かったか」


翌日。ひとり寂しい夜を過ごした俺は、無事寝心地の悪さから変な時間に目が覚めて、おかげさまで講義をサボることなく出席に成功。そして、一度部屋へと戻り、蒼衣お手製のハンバーグを平らげてから、駅の改札前に待機していた。


蒼衣が乗る電車が到着するのは、あと15分後。


あまりにやることがないので、てしてしと画面を叩いて適当なソシャゲを開き、消化していく。


2つほど、デイリーミッションをクリアし、時間を見れば、あと5分ほどだ。毎日手早くこなせるのはありがたいが、こういうときは時間がかかるほうがいいんだよな。わがままなのはわかっているのだが。


さて、3つ目のゲームに突入──もいいのだが、指先が冷えてきたんだよな。あと寒い。


「……適当になんか飲むか」


そう呟いて、駅の中にあるコンビニへと向かう。


レジ横のホットドリンクコーナーを覗くと、目に入ったのはミルクティーだ。


普段なら、迷わずコーンスープなのだが、ちょっと甘いものが飲みたい気分なんだよな……。


うーむ、たまにはミルクティーにするか。


そう思い、ペットボトルのミルクティーを2本購入。そのタイミングで、放送が流れる。どうやら、蒼衣の乗っている電車が到着するらしい。


5分って、待つには長いんだが、何かするには短いよなあ。もう少しバランスってものを考えてほしいところだ。


なんて、どうでもいいことを考えながら、改札前に戻り、ミルクティーを飲む。あったかいし、美味いし、指先の感覚も戻ってきたし、完璧だ。量が少ないのだけが残念だが。この小さいボトルだけでなく、普通サイズでも出してほしいんだが。


蒼衣は「このサイズ感がいいんですよ」なんて言っていたのだが、俺的には足りないんだよなあ……。


ぽん、ぽん、とボトルを上に投げてはキャッチして、を繰り返していると、改札の向こう側が騒がしくなってくる。


数秒遅れて、平日にしては多めの人が、流れるように改札を通り越していった。


そして、その流れの中にひとり、見慣れた美少女が混ざっている。


片手にハンドバッグ、反対の手にキャリーケースを引きながら、少しだけ周りを見て、こちらに気づいた瞬間、ぱあ、と目が輝いたのが、遠目にもわかった。


「せんぱーい!」


とてて、と駆け寄ってくる蒼衣。いつもならもう少し勢いよく向かってくるのだが、キャリーケースが邪魔らしく、割と控えめな速度だ。


「ただいまですっ!」


「おう。おかえり」


ふにゃり、と表情を緩める蒼衣の手からキャリーケースを奪い取り、代わりにミルクティーを握らせる。


「わお、ありがとうございます」


そう言って、くぴり、とひと口ミルクティーを飲んだ蒼衣は、小さく息を吐いた。


「地元に帰ると安心感があるんですけど、やっぱりこっちも違った安心感がありますね」


「そうか?」


「はい。もう見慣れた景色ですし、日常に帰ってきた感があります。それに──」


そう言いながら、蒼衣がしゅるり、と手に触れて、指を絡めてくる。


細く、柔らかく、すべすべとした感触は、冬の寒さのせいだろうか、ひんやりとしている。ただ、その冷たさに不快感はなく、むしろ心地いいくらいだ。


絡めた指が離れないように、少し握ろうとすると同時、蒼衣からもきゅ、と握られる。


そして、こちらを見上げた蒼衣が、ふわり、と笑って。


「──先輩がいますからね」


「……そうか」


「そうです」


照れる俺に、くすり、と楽しそうに笑う蒼衣。


そんな彼女と、手を繋ぎ、アパートへの道を歩きながら。


俺は、蒼衣の異変に気づいていた。


こいつ、本当は俺に飛びつきたくてソワソワしてるな……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る